8-2 VSトラ道場(1)

「よくやったの。体重差は2倍はあったようじゃぞ。」

「そういえば、ボスってプロレス技好きなんすか? 俺との戦いのときにも使いましたよね。」

 ぷいー。視線をジーニーからわざとらしく外して無視していることをアピール。プロレス技が好きかって? 大好きだよ。一番強い格闘技はプロレスだって西暦時代から決まってるもん(偏見)。

「そうじゃよ。こやつは道場に通い始めた頃、それは熱心にプロレス技を0Gで応用することを研究していたんじゃから。」

「マスターは余計なこと言わないで!」

「思春期の娘っ子のようなふてくされ方じゃのぉ。」

 マスターはやれやれと呆れていた。


「イエネコの子、次はうちの子と対戦よ! 覚悟しておきなさい!」

 えっちなお姉さん到来。この人嫌いだから来ないでほしい。

 お姉さんと俺の間にジーニーがすかさず入る。さすがに俺がこのお姉さんを苦手とすることに気が付いたらしい。ちょっとだけ見直したぞ。次に失点するまで無視するのはやめてあげよう。

「なんでこの子はこんなにも私のことを警戒するのかしら。」

「おぬし、ネコに相変わらず好かれんじゃろ。」

 わかる。声がでかい、グイグイ来る。一挙手一投足がネコが嫌う所作だ。あれでうちのマスターと同門でネコの型を継承する流派だというのだからわからんものだ。しかし所作は芯が立ちしなやかで威風堂々。その立ち振る舞いから達人の雰囲気がある。俺がマスターを苦手とする雰囲気をさらに濃くしたような空気を漂わせているのだ。

「まあ、いいわ。私とイエネコの因縁に決着をつける、代理戦争なんだから少しは食い下がって見せなさいよね。じゃあね!」

 マスターとオマエの間に何があったのか知らねーし、俺には関係ないだろ。どうして他人を巻き込もうとするのかな。次世代に争いを引き継がせないで平和に行こうよ。

「トラさん、随分とボスのこと気にしてるみたいっすね。」

「そうじゃな。奴もまたネコの型の重要性を知る者じゃから、同門のわしの動向が気になるのじゃろう。ネコに準ずるゼロGの極意が失伝してる流派も多いからの。」

 それって、もしかして。疑問が口についた。

「さっきの試合、0Gじゃなかったんだけど、関係あるのかな?」

「おぬし、ルールを把握しとらんのか?」

 知らねーよ。関心なかったもん。

「呆れた。いいか、よく聞くのじゃ。この大会では試合中に様々な重力変化が生じるのじゃ。その振り幅は0から1.2Gじゃ。さっきまでは低Gのうちに短時間で決着がついていたから良かったのじゃがな。」

 /(^o^)\ナンテコッタイ

「1Gもあったら、俺走れもしないよ。」

「まあ、0.6G以上はごく短時間のはずじゃから、よほどタイミングが悪くなければ心配することはあるまい。そもそも、この重力変化は揺れ動く船内での戦闘を考慮した物じゃからの。」

 ふーん。

「ふーんって……、ちゃんと聞くのじゃ。われらは0Gに重きを置いておるが、他の流派ではそうではないという事じゃ。もちろん、トラのところもの。」

 ゼロGカラテなのに重力下にフォーカスしてるのっておかしくね? もうわけがわからないよ。


 1,2回戦を秒殺KOで勝ち抜いた俺は割と注目されているらしい。しかし、漏れ聞こえる声は「べそかき」とか「情緒不安定」だとか悪口ばかり。まあ、事実だから受け入れるしかあるまい。

 準決勝。これに勝てば帰還できる。負けても3位決定戦があるからまだチャンスがある。対戦相手はさっきからうざがらみを繰り返すトラ姉さんの門下生。すでに恐ろしい。

「おうおうおう、俺の相手がべそかきにつとまるのかぁ、おう。」

 あー、トラ姉さんよりさらに苦手なタイプじゃん。これまたオラオラでムチムチな少女。背丈は俺より頭半分大きいくらいだが、態度は倍ぐらいでかい。この子もおなかを出してピチピチな格好。恥ずかしくないのですか?

 ビビっても仕方ない。実は俺には秘策がある。それを見せてやろう。ふふふ。

 試合が始まった。重力は0.6G。加速度が変化するまで様子見だ。相手のステップは早い。重力下ではどんくさい俺はすぐにつかまってしまった。ストライカータイプじゃなくてよかった。重力下で殴打されたら成すすべもなく、べそかき敗退するしかなかったが、グラップリングならまだなんとかなる。秘策もある。というか、すぐに実行する。こういうのは出し惜しみして負けるのがもっともダサいからな。

「あの、賞金譲ってくれたら、ギブアップしますよ。俺、本当は闘いたくないんです。」

 秘策とはつまり、直談判である。俺は帰り賃をもらう。相手は労せず勝てる。Win-Win。

「あぁ? ざけんな。オマエ金目当てなのかよ。」

 ちげーよ。プラマイゼロだよ。つか、殴られる分だけマイナスだよ。誤解だよ。

「そうだ。1人分。俺が帰れればそれでいいですから。譲って!」

 俺をつかみ上げていた力が緩められ、ポイっと投げられる。

「てめえ。カラテなめてんのか!? 本気で来い。」

「本当にやる気がないんだよ。」

 対戦相手のトラ子さん(仮称)ははぁーと、これみよがしな大きな溜息を吐く。

「師匠がオマエのこと注目していたし、俺も1,2回戦の瞬殺劇を見て敵ながらしびれたんだぜ。がっかりさせてくれるなよ。」

 トラ子さんは見るからに落胆している。

「もういいよ。オマエにやる気がないのはわかった。でもそれは俺には関係ねえ。本気で狩る。」

 トラ子さんの雰囲気が変わる。今まではトラの赤ちゃんがじゃれつくようなかわいらしさがあったが、今向けられているのは猛獣の気配。マスターの獅子の型と遜色がないプレッシャー。おしっこ漏らしそう。恐怖に唾をのむどころか口が乾いて呼吸もくるしい。

 地を這うような姿勢で3メートルほどの距離を一気に詰められ、喉元に爪が飛んでくる。実際には爪ではないがそう感じた。動きは読めたのですんでのところで回避。

「よく避けたな。次は外さねえぞ。」

 たまたまだ。ビビッて身が引けてたから避けられたにすぎない。

 またも低空からの突進。トラの動きはこの動きが基本なのかもしれない。格闘家なら膝を合わせて対処できるのだろうが、俺の膝蹴りぐらいではトラ子さんの勢いを削ぐこともできない。回避に専念する。バックステップで距離を取っていたら壁に背中が当たった。空間の把握すら満足にできない。

 落ち着け。落ち着くために大きく深呼吸したいがその隙も与えてもらえない。だから小さくフッフッフッと息を吐く。横隔膜が上がりきっている。身体が恐怖している。目に涙が浮かんだ。


「おいおいおい、泣くなよ。弱い者イジメは俺の趣味じゃねーんだ。本当にやる気がないのかよ。」

 そういって、トラ子さんは俺に深呼吸の間をくれた。スー、ハーと大きく吸って大きく吐き出す。それを何度か繰り返し、横隔膜が定位置に戻り、恐怖アラートが解除される。跳ね上がった心拍数も落ち着いた。

「よし。覚悟が決まったな。それじゃあ本気で来いよ。」

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