優理の部屋での定例会議。海斗は、前回の映画鑑賞後に優理に投げかけた課題、すなわち『優遇措置の適用外』となる共同活動の計画書を提出した。

「優理、これが次期共同プロジェクト、『優遇措置なき試練（True Break-Even Test）』の計画書だ」

海斗はタブレットを優理に向けた。

「テーマは、『プール金からの支出と、社会的優遇が一切発生しない、低リスク・低リターンな活動』と定義する。これにより、我々の関係性の維持が、純粋に契約の有効性に基づいているか、それとも他の要因による惰性に依存しているかを計測する」

優理は、そのタイトルを見て、一瞬にして海斗の意図を把握した。

これは、二人の間にある『契約』を、報酬ゼロという究極のドライな環境で試す、最も危険なテストだった。

「承知しました。その『契約への負荷試験』は必要だと判断します。具体的な活動は？」

「近所の市民図書館での共同での文献調査だ」

海斗は続けた。

「費用は交通費と昼食代のみ。図書館は静寂が求められる空間であり、『恋人らしい振る舞い』が許されない。身体的な接触や、親密な会話という『契約上の報酬』も最小化される。これこそ、感情的なごまかしが効かない、最高の実験場となる」

優理は、計画の徹底した合理性に感心しつつも、この活動がもたらす感情的なリスクを分析した。

「その計画は、私の羞恥心という感情的コストを極限まで高めます。図書館という公的な場所で、海斗さんと隣り合わせで座る。周囲には、純粋な学習を求める人々がいる。その中で、私たちは『偽の恋人』という役割を演じる。これは、『社会的欺瞞』という感情的な負担を生み出す因子となります」

「その負担こそが、僕らが欲しいデータだ」

海斗は静かに言った。

「君が、その欺瞞の負担よりも、僕と隣にいる安心感を価値あるものと判断するかどうか。もし君が、この活動を『無駄な時間』と評価し、僕と隣にいることを拒否すれば、それは契約解消の明確な予兆となる」

優理は、タブレットに表示された計画書を印刷し、サインをした。

「承認します。この活動は、私たちの真の損益分岐点を明確にします。私も、この活動を、『契約という存在の、社会的・精神的有用性』を測るための観測プロトコルと位置づけます」

優理は立ち上がった。その顔には、新しい挑戦への緊張と、知的好奇心が混ざり合っていた。

「では、海斗さん。優遇措置が一切適用されない、最もドライな共同活動へ向かいましょう」

二人は、週末、愛も報酬もない空間で、契約の真価を問うことになる。

この活動の結果が、彼らの疑似恋人契約が、単なる打算的な遊びでなく、生存戦略であるかを証明するだろう。