追放された俺の木工スキルが実は最強だった件 ~森で拾ったエルフ姉妹のために、今日も快適な家具を作ります~

☆ほしい

第1話

目の前が真っ白になって、これは死んだなと妙に冷静に思ったのが最期の記憶だ。


連日の徹夜と休日出勤が続き、鳴り止まない電話にうず高く積まれた書類の山が俺を待つ。

俺こと木崎巧は、いわゆるブラック企業で働くしがないサラリーマンだった。

唯一の趣味は、週末にホームセンターで安売りの木材を買って棚や椅子を作ることだった。

そんなささやかな楽しみさえ、最近は奪われていたのだ。

仕事に追われる毎日で、心も体も擦り切れていくようだった。

ある日の帰り道、ぼんやりとした頭で横断歩道を渡っていた。

そこに、猛スピードでトラックが突っ込んできたのだ。


次に意識が戻った時、俺はふかふかのベッドの上で赤ん坊になっていた。


「まあ可愛らしい、この子が新しい家族のルークね」


「ええ奥様、あなたの子ですよ」


視界はまだぼやけているけれど、優しい女性の声がはっきりと聞こえる。

どうやら俺は、ファンタジー小説でよくある異世界に転生したらしい。

それは、あまりにも突然の出来事だった。


俺が新たに生を受けたのは、由緒正しきアルダー伯爵家の三男としてであった。

ルーク・フォン・アルダーという、少し気取った感じのものが俺の新しい名前になった。

貴族の家に生まれたなんて、前世の苦労を思えばとんでもない幸運だと思った。

もうあくせく働く必要はなく、悠々自適な貴族としてのスローライフが待っているはずだ。


そんな風に、甘い考えで浮かれていた時期が俺にもありました。


現実というやつは、いつだって容赦なく厳しいものだ。

俺の母親は伯爵の正妻ではなく、屋敷に仕える身分の低い侍女だったらしい。

いわゆる庶子というやつで、この大きな屋敷での俺たちの立場は驚くほど弱かった。

母は、美しい人だったと記憶している。

いつも俺の頭を撫でて、優しい歌を歌ってくれた。

しかしその母も、俺を産んで間もなく流行り病で亡くなってしまった。


俺は、完全に厄介者としての扱いを受けるようになった。

食事はいつも厨房の隅で、使用人たちの哀れむような視線を受けながら冷めたスープをすする。

腹違いの兄たちが着ているような綺麗な服は、一度も与えられたことがない。

いつもお下がりの、よれよれでサイズの合わない服ばかりを着ていた。

部屋も、北側の陽当たりの悪い物置同然の小部屋だった。


腹違いの兄は二人がいて、これがまた絵に描いたような嫌な奴らだった。

長男のギルバートは父親に似て冷酷で、次男のクロードは陰湿な性格をしていた。


「おいルーク、そこに突っ立ってるだけで邪魔なんだよ」


「庶子のくせに、俺たちと同じ空気を吸うなよな」


俺がただ廊下を歩いているだけで、わざと肩をぶつけてきたりした。

聞こえよがしに悪口を言われることも、日常茶飯事だった。

俺はただ、黙って壁際に寄り頭を下げることしかできなかった。


面倒なことに関わりたくないという一心で、俺はじっと耐えていた。

前世で骨の髄まで染み付いた社畜根性が、そうさせていた。

波風を立てずただ息を潜めていれば、いつかこの状況も変わるかもしれない。

そんな淡い期待を、心のどこかでまだ捨てきれずに抱いていた。


この世界では、人は五歳になると教会で特別な儀式を受ける。

スキルという、神から与えられる特別な力を授かるための大切な儀式だ。

そのスキルの優劣が、人の一生を決めると言っても過言ではない。

戦闘系の強力なスキルを授かれば、騎士や冒険者として輝かしい道を歩める。

高位の魔法スキルなら、宮廷魔術師として国に仕える道も開けるだろう。

たとえ貴族の生まれでなくても、優れたスキルさえあればいくらでも成り上がれる世界だった。


もちろん、俺も心の底から期待していた。

強力なスキルを授かり、俺を虫けらのように見下してきた兄たちを見返してやりたい。

俺の存在などないかのように振る舞う冷たい父親に、俺の価値を認めさせてやりたい。

そしてこの息苦しいだけの家を出て、誰にも気兼ねしない自由な暮らしを手に入れるんだ。


五歳の誕生日、俺は人生で初めてまともな服を着させてもらった。

兄のお下がりではあるが、貴族の子息らしいしっかりとした仕立ての良い服だった。


父親であるアルダー伯爵に連れられて、街で一番大きな教会へと向かう。

立派な馬車に乗るのも初めてで、窓から流れる活気ある街の景色に少しだけ胸が高鳴った。


教会の中は、荘厳で厳かな空気に満ちていた。

高い天井には美しいステンドグラスがはめ込まれ、色とりどりの神聖な光が床に模様を描いている。


俺は神官の前にひざまずき、目を閉じて静かに祈りを捧げた。

どうか、どうか俺に強い力をくださいと心の底から願った。


「子羊よ、汝に神の御加護があらんことを」


神官に促され、俺は目の前にある大きな水晶玉にそっと両手を触れた。

じんわりと温かい光が、俺の体を優しく包み込む感覚がした。


次の瞬間、水晶玉が眩い光を放ち俺の頭の中に直接文字が浮かび上がってきた。


《スキル『創造(木工)』を授かりました》


もっこう、という聞き慣れた言葉が頭の中に響いた。


一瞬、何のことか意味が分からなかった。

創造という言葉には大いに期待したけれど、その後に続く(木工)というあまりに限定的な言葉に俺の心は急速に冷えていく。


木工とはつまり、木で何かを作るためのスキルだ。

それは、前世の俺が唯一の心の拠り所にしていた趣味じゃないか。


「なんと、『創造(木工)』だと」


神官が、驚きと隠しきれない憐れみが入り混じったような声を上げた。

その声に反応して、周囲にいた他の貴族たちがざわめき始める。


「木工スキルか、またなんとも微妙なものを授かったな」


「生産系スキルの中でも、特に専門的すぎて潰しが効かんな」


「アルダー伯爵家も、これで三人目のお子だったか、期待外れもいいところだ」


ひそひそと交わされる無遠慮な会話が、まるで鋭いナイフのように俺の幼い胸に突き刺さる。


俺は恐る恐る、隣に立つ父親の顔を見上げた。

その整った顔にはあからさまな落胆と、隠そうともしない侮蔑の色が浮かんでいた。


「……この、恥さらしめ」


小さく、だが俺の耳にはっきりと聞こえたその一言が俺の運命を決定づけた。


屋敷に帰るまでの馬車の中、父親は一言も口を開かなかった。

重苦しい沈黙が、狭い空間で俺の心をひたすらに締め付ける。


屋敷に着くとすぐ、父親は俺を自分の書斎に呼びつけた。

兄たちも、待ってましたとばかりに意地の悪い笑みを浮かべて後からついてくる。


「ルークよ、お前も今日で五歳だ、自分のことは自分で考えねばな」


父親は、氷のようにとても冷たい声でそう言った。

その目が、まるで汚い物でも見るかのように俺を値踏みしている。


「お前に授けられたスキルは『創造(木工)』、我がアルダー家の名に泥を塗る実にくだらないスキルだ」


「ははっ、木工だってさ、これからは大工と呼んでやろうか」


「貴族の恥だ、今すぐどこかへ消えてしまえ」


兄たちが、腹を抱えて大声で笑いながら俺を罵る。

俺は唇を固く噛み締め、俯くことしかできない。


父親はわざとらしくため息を一つつくと、決定的な言葉を冷たく口にした。


「もはや、お前をこの家に置いておく価値は一片もない」


机の上に、じゃらりと汚い音を立てて数枚の銀貨と数十枚の銅貨が投げ出された。

五歳児に渡すには大金かもしれないが、貴族が厄介払いをする手切れ金としてはあまりに少ない額だった。


「これだけの金だ、これを持って今日限りこの家から出ていけ」


「もう二度と、アルダー家の敷居を跨ぐことは許さん、私の顔に泥を塗った罪をその身で償うがいい」


あまりにも、一方的で残酷な宣告だった。

反論する気力もなかったし、心のどこかで最初から分かっていたのかもしれない。

俺は、いつかこうやって追い出される運命だったのだと。


俺は黙って床に散らばった金貨を拾い集め、渡された小さな革袋に詰めた。


「達者でな、木工職人様、せいぜい野垂れ死にするがいい」


兄たちの嘲笑を背中に浴びながら、俺は書斎を後にした。


自室に戻るといっても、そこは物置の隅に置かれた粗末なベッドと小さな棚があるだけの空間だ。

そこに置いてあった数少ない着替えを、小さな鞄に詰め込む。

これが、今の俺の全財産だ。


屋敷を出る時、誰一人として見送りに来る者はいなかった。

使用人たちは、遠巻きに俺を見てひそひそと何かを囁いているだけだった。


重い樫の扉を自らの手で押し開け、俺は一歩外の世界に出た。

振り返ることはしなかったし、この家にもはや未練なんてひとかけらもなかったから。


「さて、と」


俺は、どこまでも広がる青く澄んだ空を見上げた。


追放という現実は、普通なら絶望的な状況なのだろう。

五歳の子供が、たった一人でこの厳しい世界で生きていくなんて不可能に近い。

だけど俺の心は、不思議なくらいに晴れやかだった。


むしろ、願ってもない好都合だとさえ思った。


精神年齢は、前世での経験と合わせれば三十路を越えている。

それに俺には、神様から授かった『創造(木工)』スキルがあるのだ。


役立ずだと皆から笑われたスキルは、DIYが唯一の生きがいだった俺にとってこれ以上ない最高のスキルだ。

一体、どれほどのことができるのか楽しみで仕方ない。


頭の中でイメージした木製品を、魔力という不思議な力を使って瞬時に作り出す。

そんな、夢のようなことが現実にできるのだ。


貴族のしがらみも、嫌味な兄たちももういない。

冷酷な父親の顔色を窺う必要もないし、これからは誰にも縛られず自由に生きていける。


「最高じゃないか、本当に」


思わず、乾いた笑みがこぼれた。


まずは、どこかに安心して暮らせる拠点を見つけなければならない。

街で宿に泊まるという手もあるが、子供一人では何かと面倒事が多そうだ。

それにこの素晴らしいスキルを試すには、人目がない場所の方が都合がいい。


「森、だな」


街の外れには、広大なフィリアの森が広がっている。

あそこなら、材料となる木はいくらでもあるはずだ。


俺はまだ小さい歩幅で、それでも力強く地面を蹴った。

さようなら息苦しいだけの貴族の家、こんにちは俺だけの自由な職人ライフの始まりだ。


これから始まる全く新しい生活に、俺の胸は希望で満ち溢れていた。

まだ見ぬ未来への大きな期待が、この幼い体を軽くする。

俺は一度も振り返ることなく、森へと続く道をまっすぐに歩き始めた。

まるで新しいおもちゃを与えられた子供のように、心を弾ませながら進んでいった。

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