第2話
翌日、俺が工房で簡単な朝食を済ませていると、約束通りリーナがやってきた。
その背後には、村の狩人の中でも特に腕利きとされる三人の男たちが控えている。
「タクミ、おはよう! 頼んでおいた人たち、連れてきたわよ!」
リーナは朝から元気いっぱいだ。
俺は焼いたパンを口に放り込みながら、彼らに向き直った。
「おはよう、リーナ。皆さん、朝早くからすみません」
「いやいや、タクミさんには村を救ってもらったんだ。これくらい、お安い御用さ」
狩人のリーダー格である、ガタイのいい男がにこやかに言った。
ライルさんという名前だったか。昨日、ゴブリンを運ぶ時にも先頭に立っていた。
「それで、早速なんだが、必要な素材について詳しく聞かせてもらえないか? アイアンボアとロックタートルだったな」
「はい。まずは、俺の家の窓とドアを強化したいんです。なので、アイアンボアの皮が数枚と、ロックタートルの甲羅がいくつか欲しいです」
俺は壁にかけてあった家の簡単な見取り図を指差しながら説明する。
「この窓には、防犯用のシャッターを取り付けます。衝撃を感知したら、自動で閉まる仕組みにしたい。そのためには、加工しやすいロックタートルの甲羅が必要です」
「ほう、自動で閉まるシャッターか。そりゃすごいな」
ライルさんたちが感心したように頷く。
「ドアには、アイアンボアの硬い皮を張り付けて強度を上げます。それから、導魔石を組み込んで、特殊な鍵を付けたい」
「導魔石も必要になるんだな」
「ええ。小さいもので構いませんが、いくつか予備が欲しいです」
俺の要望を聞き、ライルさんたちは顔を見合わせた。
「なるほどな。わかった。アイアンボアなら、西の森によく出没する。ロックタートルは少し足を伸ばして、岩場の多い湿地帯まで行かねばならんが、まあ問題ないだろう」
「導魔石は、洞窟を探せば見つかるはずだ。量は約束できんが、探してみよう」
話が早くて助かる。
前世の職場では、こうもスムーズに物事が進むことはなかった。
「よろしくお願いします」
俺が頭を下げると、ライルさんは「任せておけ」と力強く胸を叩いた。
「じゃあ、私たちは早速準備して出発するわね! タクミは工房で待ってて!」
リーナが仕切るように言う。
「ああ。俺は狩りには出ないぞ。専門外だからな」
「わかってるって! タクミはすごい家具を作るのが仕事なんだから!」
リーナはそう言うと、狩人たちと一緒に工房を出ていった。
あっという間に静かになった工房で、俺は一つ息をつく。
「さて、と」
素材が手に入るまで、ただ待っているだけでは時間がもったいない。
今のうちに、できることを進めておこう。
俺がまず気になったのは、工房の床に散らばった木屑だった。
【家具創造】スキルは非常に便利だが、素材を加工する際にどうしても細かい木屑や端材が出てしまう。これを毎日掃除するのは、なかなかの手間だ。
「……掃除を自動化できないか?」
面倒なことは、できるだけ機械……この世界なら、魔道具に任せるに限る。
俺は工房の隅に積んであった端材の山に目をやった。様々な種類の木材の、切れ端や使い道のない小さな板。これらを有効活用できないだろうか。
「ゴーレム、か」
この世界には、魔力で動く自動人形、ゴーレムが存在すると本で読んだことがある。
その核となる魔石に命令を書き込むことで、簡単な作業をさせることができるらしい。
家具作りの応用で、お掃除専門の小型ゴーレムなら作れるかもしれない。
俺は早速、頭の中に設計図を描き始めた。
ボディは、丈夫で軽い木材を組み合わせる。大きさは、人間の子供くらいだろうか。あまり大きいと、工房の中を動き回るのに邪魔になる。
動力源は、小さな導魔石を胸に埋め込む。手には箒や雑巾を持たせられるように、掴む機能が必要だ。足は車輪にして、スムーズに移動できるようにしよう。
設計図が固まると、俺は端材の山の中から適当な木材をいくつか選び出した。
そして、胸に埋め込むための小さな導魔石も一つ、道具箱から取り出す。
「【家具創造】」
俺がスキルを発動させると、手元の木材が淡い光に包まれた。
光の中で、木材がひとりでに削られ、磨かれ、組み合わさっていく。まるで早送りの映像を見ているようだ。
ギギギ、ガガガ、と小気味よい音を立てながら、ゴーレムのパーツが次々と形作られていく。
腕、足、胴体、そして頭。設計図通りに、寸分の狂いもなく組み上がっていく様は、何度見ても壮観だ。
最後に、胸部のパーツに導魔石をはめ込む。
俺は導魔石に魔力を流し込みながら、命令を念じた。
『この工房の床を、常に清潔に保て』
命令は単純なものほどいい。
複雑な命令は、ゴーレムの処理能力を超えてしまう可能性があるからだ。
全てのパーツが組み合わさり、光が収まると、そこには一体の木製ゴーレムが立っていた。
身長は1メートルほど。丸みを帯びたデザインで、どことなく愛嬌がある。
「よし、完成だ」
俺が満足して頷くと、木製ゴーレムの目がカッと光った。
そして、ぎこちない動きで俺に向かって一礼する。
それからゴーレムは、近くに立てかけてあった箒を手に取ると、さっそく床の掃除を始めた。
サッサッサッ、とリズミカルに箒を動かし、木屑を工房の隅へと集めていく。その動きに一切の無駄がない。
「おお、これはいいな」
期待以上の働きぶりに、俺は思わず声を上げた。
これさえあれば、もう自分で掃除をする必要はない。面倒な作業が一つ減った。
俺は完成したばかりの「お掃除ゴーレム」の働きぶりをしばらく眺めていた。
ゴーレムは黙々と、しかし実に丁寧に床を掃いていく。集めた木屑は、ちりとりで綺麗に集め、指定したゴミ箱へと捨てに行った。
「完璧だ」
これぞ、俺が求めていたものだ。
面倒なことは、全て魔道具にやらせる。俺はただ、快適な環境で好きな家具作りに没頭するだけ。最高の生活じゃないか。
お掃除ゴーレムに工房の掃除を任せ、俺は次の作業に取り掛かることにした。
リーナたちが素材を持って帰ってくるまでに、窓枠やドアの設計をさらに詰めておく必要がある。
特に、自動で開閉するシャッターの仕組みは重要だ。
導魔石を動力源にして、衝撃を感知するセンサーと連動させる。センサーには、魔物の魔力にだけ反応するような設定を施しておけば、鳥がぶつかったくらいでは作動しないだろう。
そんなことを考えながら、設計図に修正を加えていると、工房の外がにわかに騒がしくなった。
「タクミ! 戻ったわよー!」
リーナの元気な声が聞こえる。
もう帰ってきたのか。思ったよりも早かったな。
俺が工房のドアを開けると、そこには満面の笑みを浮かべたリーナと、誇らしげな表情のライルさんたちが立っていた。
彼らの後ろにある荷車には、巨大な猪の魔物と、岩のような甲羅がいくつも積まれている。
「すごいじゃないですか」
「ああ! 上物のアイアンボアだ! こいつの皮なら、竜の一撃でも防げるかもしれんぞ!」
ライルさんが自慢げに荷台の猪を叩いた。
鉄のように硬いとされる皮は、鈍い光を放っている。
「ロックタートルの甲羅も、手頃な大きさのものを集めてきたわ。これだけあれば、シャッターも余裕で作れるでしょ?」
リーナが荷台から甲羅を一つ持ち上げて見せる。
大きさも厚みも、加工するのにちょうどよさそうだ。
「ええ、十分すぎるくらいです。ありがとうございます」
俺が礼を言うと、彼らは嬉しそうに笑った。
村人たちの期待を一身に背負っているのを感じる。それは、決して悪い気はしなかった。
「導魔石も見つけてきたぞ。数は少ないが、品質はいいはずだ」
別の狩人が、革袋の中からキラキラと輝く青みがかった石をいくつか取り出して見せてくれた。
魔力が満ちているのが、見ているだけでわかる。これなら、かなり高度な機能を家具に付与できそうだ。
俺は早速、荷車に積まれた素材の品質を確かめるために、工房から外に出た。
アイアンボアの皮を指で弾くと、キン、と金属音がする。これは素晴らしい素材だ。
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