過労死した家具職人、異世界で快適な寝具を作ったら辺境の村が要塞になりました ~もう働きたくないので、面倒ごとは自動迎撃にお任せします~
☆ほしい
第1話
俺の意識を現実へと引き戻したのは、村の子供たちのはしゃぐ声だった。
重いまぶたをこじ開けると、見慣れた丸太の天井が目に入る。どうやら、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
「う……ん」
体を起こすと、わずかに軋む音がした。
これは俺が異世界に来てから初めて、自分のために作り上げたベッドだ。スリープシープの毛をふんだんに使ったマットレスは、前世で使っていたどんな高級品よりも体に馴染む。
昨夜は、このベッドがとんでもない性能を発揮してくれた。
村に侵入してきたゴブリンの群れを、マットレスが変形して一匹残らず捕獲してしまったのだ。俺はただ、ぐっすりと眠っていただけなのだが。
「タクミ! 起きたか!」
家のドアが勢いよく開け放たれ、村長のベルクさんが入ってきた。
その後ろからは、孫娘のリーナがひょっこりと顔を出す。
「おはよう、タクミ! すごいことになってるわよ!」
リーナは興奮を隠しきれない様子で、目をキラキラさせている。
「すごいこと、ですか?」
「とぼけるでないわい。お主の作ったあの寝台のことじゃ!」
ベルクさんはそう言うと、俺の手を引いて家の外へと連れ出した。
外に出て、俺は思わず目を見開いた。俺の家の前には、村中の人々が集まっていたのだ。皆が遠巻きに何かを囲み、口々に感嘆の声を上げている。
人々の輪の中心にあるのは、昨夜ゴブリンを捕らえた俺のベッドだ。
マットレスの一部が蔓のように伸びて、緑色の肌をした小さな魔物たちをぐるぐる巻きにしている。ゴブリンたちはぐったりとしていて、抵抗する気力もないようだった。
「こ、これは……」
「見事なもんじゃ。朝、見回りの者が見つけて大騒ぎになってのう。まさか寝ているだけで、ゴブリンをこれほど捕らえてしまうとは」
ベルクさんが満足そうに頷く。
村人たちも、俺に気づくと次々に称賛の声をかけてきた。
「タクミ、あんたは村の英雄だ!」
「これで夜も安心して眠れるよ」
「一体どうやったんだい?」
俺は人々の勢いに少し気圧されながらも、口を開いた。
「いや、俺は何も……ただ、ぐっすり眠れるようにと思って作っただけで」
「それがすごいって言ってるのよ!」
リーナが俺の腕を掴んでぶんぶんと振る。
「ねえ、どういう仕組みなの? 魔石を組み込んだって言ってたけど、それだけでこんなことができるの?」
「仕組みと言われてもな……」
俺は頭を掻いた。
俺のスキル【家具創造】は、頭の中で設計図を思い描けば、あとは魔力を注ぐだけで自動的に家具が完成するというものだ。素材の特性を最大限に引き出し、組み合わせることで、意図しないほどの性能を発揮することがある。
「まあ、侵入者が近づいたら、自動で捕まえるように……とは考えたけど。ここまで上手くいくとは俺も思っていなかった」
これは本心だ。
あくまで自分の安眠を妨害されないための、最低限の防衛機能のつもりだった。まさか村を襲うレベルのゴブリンの群れを、一網打尽にしてしまうとは。
「タクミさん、このゴブリンはどうしますか?」
村の警備をしている青年が、少しおそるおそる尋ねてきた。
「どうするって……」
「村から追い出すか、それとも……」
物騒な言葉に、俺は少し考える。
この世界のルールはまだよく分からないが、魔物は人間にとって害獣のような扱いなのだろう。
「ベルクさん、どうするのが一番いいんでしょうか」
俺が判断を委ねると、ベルクさんは少し顎鬚を撫でてから言った。
「うむ。こやつらは放っておけばまた村を襲うかもしれん。かといって、ここで始末するのも後が面倒じゃ。少し離れた森の奥にでも捨ててくるのがよかろう」
「それがいいですね」
俺が頷くと、村の男たちが数人がかりで、ベッドに捕らえられたゴブリンたちを運び出し始めた。マットレスは、ゴブリンを解放することなく、そのままの形でベッドから分離できるようになっている。これも設計段階で考えておいた機能だ。
ゴブリンたちが運び出され、騒ぎが少し落ち着くと、ベルクさんが改めて俺に向き直った。
その表情は、先ほどまでの興奮とは違い、真剣そのものだった。
「タクミよ。お主には、心から感謝する。この村は、お主のおかげで救われた」
「そんな、大げさですよ」
「大げさなものか。わしらはこれまで、ゴブリンの襲撃にどれだけ怯えてきたことか。お主の作ったたった一つの寝台が、長年の悩みを解決してくれたのじゃ」
ベルクさんの言葉に、周りの村人たちも深く頷いている。
その顔には、安堵と感謝の色が浮かんでいた。前世では、どれだけ良い家具を作っても、客からこれほど真っ直ぐな感謝を向けられることはなかった。
「……役に立てたなら、よかったです」
少し照れくさい気持ちになりながら、俺はそう答えるのが精一杯だった。
「役に立ったどころではないわい!」
ベルクさんは力強く言う。
「そこで、お主にもう一つ頼みがあるのじゃが……聞いてもらえるかの?」
「頼み、ですか?」
何となく嫌な予感がした。
俺は面倒ごとが嫌いだ。これ以上、何かを期待されるのは正直、避けたい。俺の目標は、あくまで自分のための快適な家を作って、静かに暮らすことなのだから。
「うむ。お主のその力で、この村の守りを固めてはもらえんだろうか」
「村の、守り……」
「そうじゃ。例えば、村の入り口にあるあの貧弱な門。あれをお主の家具作りの技術で、もっと頑丈なものに作り替えてもらうとか」
ベルクさんが指差す先には、申し訳程度に設置された木の柵が見える。
あれでは、アイアンボアが一度突進すれば簡単に壊れてしまうだろう。
「他にも、見張り台や村を囲う柵も強化できれば、これほど心強いことはない。もちろん、礼は弾む。村で出せるだけのものは何でも提供しよう」
真剣な眼差しで、ベルクさんは俺に頭を下げた。
周りの村人たちも、期待に満ちた目で俺を見つめている。
「……」
断れる雰囲気ではなかった。
それに、ベルクさんの言う通り、村全体の守りが固くなることは、結果的に俺自身の安眠にも繋がる。ゴブリンに夜中に叩き起こされるのは、もうごめんだ。
「わかりました。ただ……」
俺は一つ、条件を付け加えることにした。
「俺はあくまで、自分の家を快適にするのが最優先です。村の防衛設備を作るのは、そのついで、ということでお願いします」
「もちろんだとも! お主のやりやすいようにやってくれて構わん!」
俺の言葉に、ベルクさんは満面の笑みを浮かべた。
村人たちからも、わっと歓声が上がる。
「やったー! これで安心して暮らせるわ!」
リーナが再び俺の腕に飛びついてきた。
「ねえタクミ! 門を作るの? どんな門にするの? アイアンボアがぶつかっても壊れないくらい硬いのがいいわよね! それとも、このベッドみたいに、近づいてきた魔物を捕まえちゃう機能とか付ける?」
「まあ、色々とな」
矢継ぎ早に質問してくるリーナを適当にあしらいながら、俺は頭の中で新しい設計図を描き始めていた。
まずは、自分の家の強化が先だ。窓には衝撃を感知して自動で閉まるシャッターを付けよう。ドアも、アイアンボアの皮を使って強化し、魔法の鍵を付けなければ。
そのためには、素材が必要になる。
特に、家具に魔法の機能を付与するための導魔石は、もっとたくさん欲しいところだ。
「とりあえず、素材集めからですね。アイアンボアの皮と、ロックタートルの甲羅。それから、導魔石も必要になります」
俺がそう言うと、リーナが待ってましたとばかりに胸を張った。
「素材集めなら任せて! 村の狩人の人たちにお願いして、すぐに集めてきてもらうから!」
「そうか。なら、頼む」
「うん!」
元気よく返事をして、リーナはさっそく村の狩人たちの元へと走っていった。
その背中を見送りながら、俺は小さくため息をつく。
どうやら、俺のスローライフは、まだ少し先になりそうだ。
それでも、前世のように誰かに強制されるわけじゃない。自分の快適な生活のために、自分のペースで最高の家具を作る。
「悪くないな」
ぽつりと呟いた俺の言葉は、村人たちの歓声にかき消されていった。
まずは、自分の工房兼自宅のセキュリティを万全にすることから始めよう。
自動迎撃ベッドだけじゃ、まだ足りない。窓、ドア、壁、天井。全てを快適で安全なものに作り替えるのだ。
俺は頭の中に、理想の家の設計図を広げた。
それは、どんな魔物の襲撃にも耐え、中では住人が最高にリラックスできる、究極の要塞。
「やることは、まだまだたくさんあるな」
自分の目標を再確認し、俺は静かに闘志を燃やす。
全ては、最高の安眠を手に入れるために。俺の異世界での家具作りは、まだ始まったばかりだった。
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