【日常風】迷子の秘訣

旅先で道に迷った。

今日に限って、何故かスマホの位置情報が使えない。

十五分後に出るバスに乗らなければ、今日の予定が全部潰れる。


慌てふためく俺の肩を、同行者が叩いた。

「安心してくれ。僕は方向音痴だ」

俺は聞き間違いかと思い、友の言葉を反芻した。そしてくしゃくしゃになった地図で友人の頭を殴る。

「安心できるか!」

「いや、考えてみろよ。僕はお前の十倍道に迷ってきた、迷子のプロだってことだ」

「そんなプロねーから」

「GPSよりも役立つ迷子の秘訣があるんだ。ここは僕に任せてくれ」

あまりにも自信満々に言うので、俺は友人の言葉に従った。

……自分で考えるのが面倒になったとも言う。


来た道を辿って戻る。その間ずっと、友人はしょうもない話をし続けた。

「自称方向音痴と一緒にされては困るよ。僕は本物なんだ」

「……それ自慢することか?」

「僕は正しく東西南北の感覚を持たない。そして、過去のことを後ろ、未来のことを前と認識している」

「哲学かよ」

「『さっき寄ったコンビニ』の話をするとき、僕は肩越しに後ろを指さすんだ。コンビニの位置とは関係なく。それがおかしいことを知ったのは高校生になってからだった」

「割と最近だな」

「『ローソンはあっちでしょ』と言われたときの衝撃ときたら」

「そいつ方向感覚強そうだな」

「でも悪いことばかりじゃない。僕は地元でも一本別の道に入っただけで知らない街にいる気分になれる。毎日が冒険なんだ」

「幸せな奴だな」

大通りまで戻ってきた。この辺りまでは地図通り進めていたはずだ。

友人は周囲を見回すと、近場にいた二人組の中年女性に手を振った。

「すみません、ちょっとお聞きしたいんですけど!」


親切な女性たちの説明によれば、目的地はすぐ近くだった。

迷った原因は、地図上で目印にしていたコンビニが歯科になっていたのに気づかず、次のコンビニで曲がってしまったことのようだ。


女性たちと別れ、教わった道を足早に進む。何とかバスには間に合いそうだ。

「迷子の秘訣、分かった気がする。迷わず人に頼ること、だよな」

俺一人だったら、知らない人に道を尋ねようとせず、可能な限り自力でなんとかしようとしただろう。

俺の真っ当な回答を、友人は「ブブー」と子供のように却下した。

「正解は、『連れがブチギレないようになるべく意識を逸らすこと』でーす。上手くいったろ?」

「………」

俺はぽかんと口を開け、顔をしかめて、くしゃくしゃの地図で友人を殴った。

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