1000文字小説

遠藤ヒロ

【ホラー風】春原カスミはアイドルである。

春原カスミはアイドルである。

そして私は詐欺師だ。

「わたし、ファンの皆さんと直接お話してみたかったんです~!」

などと吐き、馬鹿な男達から小金をむしり取るのが私の仕事だ。


春原カスミは、主として動画配信サイトで活動している。

小柄で、手足が細く、瞳が零れ落ちそうなくらいに大きい。癖のある声で、露骨にあざとい話し方をする。マイナーな割りに、熱心な男性ファンを数多く抱えるアイドルだ。

私の外見は平凡だが、地声が少し春原カスミに似ている。AIの補正機能を使えば、リアルタイムで春原カスミになりきってビデオ通話することが可能だ。

私は春原カスミとして客と話す。客は通話時間ごとに料金が発生する。そうやって私は金を稼ぐ。


半信半疑の客には、「本物ですよ~、でも、ファンの方を特別扱いするのは本当は駄目なので、内緒ですよ」と返す。

えげつない下ネタを振ってくる客には、「もう、やめて下さいよ~!」と言いつつ補正を掛けて顔を赤らめさせる。

こんなもの、騙されるほうが悪い。いくら金を巻き上げても、私の心は凪いでいた。


だが今日の客の姿は、私を大いに動揺させた。

『初めまして~、春原カスミです!』

通話アプリの自分と相手を映すウィンドウに、同じ造りの顔が映る。

喉がからからに乾く。お会いできて嬉しいです?言えるわけがない。

『お会いできて嬉しいです~』

おちょぼ口が、今飲み込んだはずの言葉を吐く。頭がガンガンして倒れそうだ。

『あなたは、わたしに代わってファンの皆さんを喜ばせてくれてるんですね~。嬉しいです』

この瞬間、声が歪んだ。

『と、言いたいところだ、が』

——野太い成人男性の声だ。

『そのクズどもの金は俺の懐に入るものなんだ。分かんだろ?』

飽きるほど見た愛らしい顔が、見たこともない凶暴な笑みを浮かべた。

「ひっ……!」

私はアプリの終了ボタンを連打した。

ノートPCを勢いよく閉じる。私は全身にびっしょり汗をかいて、倒れた機材の中に立ち尽くした。


私は詐欺をやめ、家を引っ越した。

今のところ警察の訪問はない。

冷静に考えると、あの男が本物な訳がない。十中八九私の同業者だったのだろう。

けれど、私はあの時そう信じ込んでしまった。技術的にそれが不可能でないことを、私はよく知っているからだ。

春原カスミの造り物めいた顔を見るたびに、私の脳裏には野太い男の声が蘇る。


春原カスミは偶像アイドルである。

その実像など掴めるはずがなく、触れるべきでもないのだ。

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