食べ物に囲まれた部屋(TV未放送の映像記録2021年5月3日)

TV未放送の映像記録(2021年5月3日)


2021年5月3日のゴールデンタイムに●●TV(実名のため伏せる)で放送予定だったバラエティ番組『カワッタご近所さん』のロケVTR。


編集段階・試写段階において、撮影の記憶にない虫や肉塊、血液などの映像がたびたび混入したため、放送が中止された。


番組スタッフ(映像編集者・インタビュアー・カメラマンなど)が、その後、順番に長期休暇や退職を申し出たのち、行方不明になっている。


以下は、素材テープと編集メモをもとにほぼ完全な形で文字起こしをしたものである。


1.ロケVTR本編の文字起こし

・住宅街の外観。ごく普通の戸建て。時間帯は日中。

・テロップ《カワッタご近所さん 第27回》《滋賀県●●市△△》)


山田(MC・男性タレント)

「はい! というわけで今日は、ご近所でも有名なカワッタさんのお宅に来ておりまーす!」


アシスタント(女性タレント)

「山田さん、今日はどういったカワッタお家なんですか? さっきからスタッフさん、なんかニヤニヤしてて怖いんですけど~」


山田

「いやぁ、今日の家はですね、中に入ればわかるとしか聞いておりません! えー、台本にもねえ、食べ物に囲まれた部屋とだけ書いてあります。……正直、こっちも不安です(笑)」


[音声ノイズ:ザザ……「……たべさせて……」]

※現場では気付かれず、後日の編集時に確認されたノイズ音。以下同様のため注釈は省略する。


山田

「じゃあ早速、行ってみましょう! ピンポーン!」


インターホンを押すと、玄関ドアのすりガラス越しに、赤い服の人影がゆらいだ。


山田

「●●TVでーす。突然すみませーん。今ちょっとだけ撮影よろしいでしょうか~?」


ここから約40秒、モザイクのかかった女性とのやり取りが続く。


本放送用編集ではカットされる予定だったと思われる。


内容は主に「突然で申し訳ない」「部屋が散らかっているので」「少しだけなら」といった交渉場面。映像が一旦途絶える。


映像再開。カット開け。


すでに玄関から廊下を抜け、リビング前の撮影画面になっている。


山田

「はい! というわけで、中に入れてもらいましたが……えー……」


カメラがゆっくりとリビング内にパンする。


全体が見える俯瞰位置へ移動。


山田

「……えっ、ちょっと待ってください、これ……なんですか~⁉」


アシスタント

「え、え、え、え! なにこれ! 山田さんこれ、全部……え、食べ物……?」


俯瞰ショット。

リビングと思しき部屋だが、床から膝の高さ、場所によっては腰の高さあたりまで、野菜や肉、魚、果物などの食材が層になって山積みになっている様子が映し出されている。


配置としては、手前にニンジン、玉ねぎ、ジャガイモ、キャベツ、白菜などがあり、その合間に、パックから出された生肉(牛、豚、鶏など)が直置きになっている。


魚も丸ごと放置されており、それが何匹も重なっていた。


なお、これらは下層ほど黒く変色しており、場合によっては何かしらの原因で溶けており、ねばついた粘液を広げていた。


所々に果物の塊(黒くなったバナナ、カビの生えたみかんや柿など)も混じっている。


画面左奥の山の隙間に、白くうごめく虫がに見える。


これについては、編集メモに「蚕と思われる」とある。

ただし、映像の中で家主からの説明はない。


アシスタント

「最悪……。靴、沈んでますよ……。ぬるぬるしてる……。ちょっとほんと、無理かも……」


足音の音を音声担当が執拗に拾う。


ぐちゅ、ぐちゅとした音。なぜか音声が少し割れている。


山田

「わぁ……これはすごい……。いや、すごいと言っていいのか分かんないですけど……。視聴者のみなさん、これ、全部食べ物らしいです。決して廃棄物ではなく、わざわざ買って来たものばかりのようです……」


MCの話の途中であるが、ここで映像がわずかにブレて、10フレームだけ赤黒い肉塊のアップが挿入されている。


編集担当のメモによると「このフレームを削除しても、レンダリングのたびに復活する」とある。


放送自体が取りやめになった理由の一つであろう。


山田

「●●さん(家主)、これ、全部……本当に買ってこられたものなんですか?」


カメラが家主の方へパンする。


家主は赤いワンピースを着た女性で顔にはモザイクがかかっている。年齢は40代前後と思われる。終始、背筋をまっすぐに伸ばしているが、どこか重心が不自然な印象で、ゆらゆらとしている。心ここにあらず、あるいは憔悴しきっている、といった感じを受ける。


家主(女性)

「ええ……ほとんどは自分で買いました。少しは、友達が置いていったものも……ありますけど」


アシスタント

「友達が……?」


家主

「はい。もう疲れたから、ここに置いていくねって。そうしたら、減らないでしょう? 私のほうが」


意味が分からなかったようで、山田が話を変える。


カメラが天井方向を映した。


山田

「で、床だけじゃないんです。ご覧ください、天井。縄を張り巡らせて……そこにキャベツ、キノコ、なにかの肉、魚……。まるで、逆さまの畑みたいですね~」


アシスタント

「なんで天井にまで……! あ、汁が垂れてくる! 山田さん、頭に落ちてきますよ!」


天井の白いクロスに、いくつものシミが付着している。いや、むしろそこから液体がしみだしていた。


茶色い液体が、ぽた……ぽた……と糸をひきながら落ちている。


なお、天井ショットの12フレームだけ、その天井の食材の影の中から細い手のようなものが覗く。


編集による演出ではない、とのメモ書きが添えられている。


山田

「……えー、●●さん。まずはお話、伺ってもよろしいでしょうか」


家主

「はい……どうぞ」


ここから家主へのインタビューに入る。家主の声は、比較的落ち着いているが、語尾が視線は落ち着いておらず、まるで誰かが来るのを恐れているかのように見える。


山田

「先ほど、1年前から体調がおかしくなったと伺いましたが……」


カットした間にあった会話で得た情報かと思われる。


家主

「はい。1年前に、友達とランチに行きました。とてもおいしいお店で、評判もよくて。前から、行ってみたいなと思っていたお店でした」


山田

「普通の洋食屋さん、みたいな?」


家主

「そうですね。ハンバーグと、シチューと、よく煮込んだお肉の……。メニューの名前は、もう、よく覚えていません。ただ、あのとき……食べてはいけない味だと思いました」


アシスタント

「えっ……?」


家主

「とてもおいしくて。噛めば噛むほど、誰かが食べられてうれしがっているような感じがして。私、全部平らげてしまったんです。友達も、止まらないねーなんて笑っていました。『感動』してしまったんですよね……」


山田

「はあ? まぁ、ともかく。おいしかった、と。それで、そのあとから?」


家主

「帰り道で、すぐに気分が悪くなりました。まず、足の裏が痺れてきて。夜には、背中が重くなって。翌朝、鏡を見たら、髪の毛が……一部、なくなっていました」


アシスタント

「円形脱毛症とか……?」


家主

「そんな形じゃなかったんです。つままれて、持っていかれたみたいに、束ごと無くなっていて。枕元には、髪の毛が山になっていました。拾って、まとめて、ゴミ袋に入れました。そのときから、聞こえるようになったんです」


山田

「聞こえる……?」


家主

「足りない、足りない、まだ足りないって。もっと食べ物を捧げなさい。そうしたら、次は別のところを減らすって」


アシスタント

「別の……ところ?」


家主

「脚の感覚がなくなったり、視界が暗くなったり、耳が聞こえづらくなったり。検査に行っても、異常はありません、ストレスでしょうって。もうどうにもできないって。だから、巫女様の言う通りにしようと思ったんです」


山田

「巫女様……?」


家主

「夜中になると、部屋のすみに立っている人がいて。白い服を着て、顔がよく見えないんですけど。その人が、足元の食べ物を指さして、もっとって。減ったぶんを埋めなさい。骸を供えて、血を流しなさいって。そうすると、次の日は、私の何かが持っていかれるのが、少し遅くなるんです」


[音声ノイズ:ザザ……「……おさめろ……」]


アシスタント

「えっと……ごめんなさい。持っていかれるっていうのは、例えば……?」


家主

「最初は髪の毛でした。次は、足の感覚。最近は、ここですね」


家主が、自分のこめかみのあたりを指さす。モザイク越しに、肌の色が周囲と微妙に違って見える。


家主

「この辺りがときどき、冷たくなるんです。まるで、誰かが中から覗いているみたいに。だから、こうして食べ物を置いているんです。ここに山を作っておけば、供物ですから、巫女様はそちらを先に召し上がるわけなので」


カメラが床面に寄った。


腐敗して重なった肉の表面には、たかる虫の群れが見える。


魚の目は白濁しており、その口の中にもやはり小さな虫が数匹見えた。


凄絶極まる光景だ。


山田

「いやぁ……これね、テレビだと匂いが伝わらないのが救いと言っていいのか……。正直、相当きついですよ。カメラさん、大丈夫ですか? 顔、真っ青ですけど」


カメラマン

「はい……大丈夫です……。レンズに汁が……飛ぶので、気をつけます……」


アシスタント

「山田さん、足元、ほら……。今、ぐにゃって……何か踏みましたよね?」


山田

「言わないで……見ないでおくから……」


カメラが偶然足元を映す。つぶれたトマトのようなものと、白い幼虫のようなものが混ざり合っている。


山田

「●●さん、ご近所の方も匂いには困ってらっしゃるようですし、やっぱり、一度きちんと病院で――」


家主

「そうですね。でも、そのうち静かになりますから、大丈夫です」


アシスタント

「はあ……。あの、静かになるって、どういう意味ですか?」


家主

「このテレビが放送されたら、皆さんも捧げるようになりますから。巫女様もどうしたら広げられるか悩んでいたので。これで骸を捧げて、血を奉じるようになりますね。部屋の周りを、野菜やお肉でいっぱいにするようになります。そうしたら、巫女様は、そちらにも行ってくださるから。私のところは、少しだけ静かになるんです」


山田

「い、いやいやいや、視聴者のみなさんはそうならないようにしてくださいね!(苦笑) あくまでこれはちょっとカワッタさんということで……」


家主

「ちょっとではないです。ちゃんと、皆さんも減ります。最初は多分、髪の毛からですけど。いえ、人によっては頭や指ですか」


この発言の直後、音声トラックに小さな笑い声のようなものが混ざるが、収録現場の笑いとは明らかに音質が異なるものである。


アシスタント

「山田さん、そろそろ……ほんとに出ません? わたし、限界です。臭いもそうですけど、なんか……見られてる気がして……」


山田

「ああ、気分悪くなっちゃった? まぁそうですね。カワッタご近所さんにも、限度があるということで(笑) じゃあ、最後にまとめておきましょう」


カメラが山田とアシスタント、家主をワイドで捉える。


山田

「はい、というわけで本日のカワッタご近所さんは、自宅の部屋を、野菜とお肉とお魚でぎっしり埋め尽くしてしまった●●さんのお宅でした!」


アシスタント

「みなさん、くれぐれも真似をしないようにしてくださいね! 近所迷惑にもなりますし、腐った食べ物は危ないですから! 食べたらお腹壊しますよ~!」


山田

「それではスタジオの皆さんにお返ししまーす! …………………………………………………………はぁ最悪マジでえ」


ここで編集後はフェードアウト予定であるが、元映像のラッシュ映像には、画面いっぱいに白い虫の塊が貼りついた。レンズを覆うようにうごめくカットが複数混入している。カメラマンの悲鳴が木霊して、それを助けようとする男女の怒声がしばらく入り混じっている。


ここでロケVTRは終了している。


2.編集メモ

OA中止の判断を行うため編集メモを残すこととしたと思われる。


編成会議議事メモ

※2021年5月6日 15:40〜16:30

※以下は、当日の放送前最終チェック会議の議事メモ

※VTR確認時にノイズ混入 があり、そちらについては[ ]内で補足しているようだ


◆ 会議内容ならびに音声メモ


編成部長

「それじゃあ『カワッタご近所さん』のVTR、最終確認やろうか。本番まで時間がない。巻きで行くよ」


技術担当(ミキサー)

「はい。マスター再生します。……あれ、ちょっと待ってください。最初から音、歪んでますね」


映像編集A

「歪んでる? 昨日書き出し直したやつですよ?」


[ザザ……「……たべ……」]


編成部長

「今の何?」


ミキサー

「ノイズ……だと思いますけど……。すみません、ちょっと巻き戻します」


(巻き戻し/再生)


[ザッ……「……おさめ……」……]


AD(若手)

「……え? 変わって……。いや、そもそも、これ……誰の声ですか? 山田さんの?」


編集A

「いや、ここに音自体入れた覚えないですよ。というか、現場でこんなの録ってないですって」


編成部長

「気のせいだったらいいんだけど……。時間ないしとりあえず続けよう」


家主インタビューのシーン再生を行う。


技術P

「ストップ。そこ。今フレーム飛んだよな?」


編集A

「 昨日は飛んでませんでしたよ」


技術P

「いいから。ちょっとコマ送りで。……はい、ここ。ほら、10フレームくらいかな。肉の塊みたいなのが入ってるよ」


全員が沈黙する。


AD

「……これ、カメラさんが寄った瞬間とか?」


カメラマン(ロケ同行)

「いや、こんなの撮ってません。あと、部屋の食材もこんな色じゃなかった。訪問した時より腐敗していて色が黒くなってますよ」


編成部長

「何言ってんだよ……。あー、ノイズの類? エンコードの乱れ? 誰か説明して」


技術P

「いや……形状が乱れたデータの入り方じゃないんです。これ……誰かが撮って差し込んだみたいな……」


編集A

「そんなの、ありえませんって。素材と編集データは全部管理してるんですから」


[ザザザ……「……あげろ……」]


AD

「ひっ……! 今の聞きました!?」


編成部長

「落ち着いて。ミキサー君、音声分離できる?」


ミキサー

「してみます……。……あれ? 分離できない。ノイズが音声トラックに存在しないんですけど……」


技術P

「は? 存在しないノイズが鳴ってるって……何だそれ」


収拾がつかないため、一旦再生を続行。


編成部長

「……おい、また入ったぞ。止めろ。手か? なんだよこれ」


再生停止。


編集A

「またか。昨日消したんですよ! なのに、これ、削除しても削除しても、別の位置に復活するんですよ。昨日、三回やって三回とも……入る位置が変わって……」


技術P

「入る位置が変わる。同じフレームじゃないってことか……」


編集A

「はい。しかも毎回、食材の間から出て来るんです」


沈黙がしばらく続く。


AD

「……やめません? 今日、放送しない方向で……」


編成部長

「い、いや、まだ早い。こういうときこそ冷静に、影響範囲を特定してだな。穴をあける訳にはいかんだろ」


再度、再生ボタンを押す。


[……ノイズ……ザザ……ザ……「……みんな……おささげ……」]


ミキサー

「すみません、もう無理です。またノイズが入ってるんですけど、これも昨日までなかったやつですよ! どうなってるんですか⁉」


技術P

「……いや、これ、実際問題、放送したらクレームどころじゃすまないですよ。変なの混入もノイズの混入も説明できないし」


編成部長

「まじかよ。じゃあ……一旦、OA中止でいくしかないのか。ちょっと上に説明してくるわ」


AD

「中止、で……いいんですよね?」


編成部長

「仕方ない。今日の枠は別番組の再放送に差し替える。資料も映像も、全て保留保管扱いにして。以降、触らない。以上」


3.会議終了後のメモ

※会議終了後のスタッフ同士の会話も偶然残されていた。


編集A

「……ねえ、本当にあれ誰が撮ったんだと思う?」


カメラマン

「俺じゃない。……でも、昨日から夢に出る。あの部屋の……食材の山の間から……

誰かが覗いてて……」


[ザ……ザ……「……みた……?」]


AD

「やめてくださいよ……! ほんとに嫌なんで……!」


編集A

「俺も嫌だよ! 今日の会議の途中から…………耳の奥でずっとかすれて鳴ってるんだよ……」


[「……たべる……?」]


カメラマン

「……ああ。俺もだ。さっきから、なんか……匂いまでしてる気がする……」


AD

「匂い?」


カメラマン

「肉の……腐った匂い…………現場のあの部屋の…………天井からしたたる液体の匂いが」


編集A

「……これ以上は、関わらないほうがいい。明日、会社休むわ。しばらく……無理だ」


◆ この日を境に、会議に参加した全員が順番に姿を消したと別の誰かが鉛筆で資料に補記している。

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