精神科医から患者へのヒヤリング記録(2024年6月3日)

※原本ではなく、診療記録システムから出力されたコピー

※患者名は医師が初期段階で匿名処理(理由の記載なし)


【基本情報】


日付:2024年6月3日

時間:14:00~15:13

担当医師:靴原

患者:A(34歳/男性/会社員)


面談理由:

勤務中に無断で離席し、過去に多数の死亡事故が発生している例の交差点へ向かった。事故発生の3時間前から現場近くに待機。事故直後、損壊死体を無視し散乱した食品ばかり集めていた理由を確認するため。


■ 面談記録(以下、逐語記録+医師メモ)

医師「それでは……もう一度、最初から詳しく状況を教えて頂けますか?

なぜ、あなたは交通事故の現場で食物を拾っていたのですか?」


※患者Aは、質問の意味が分からないというより、なぜそんなことを訊くのか、理解できないという表情をした。首を僅かに傾け、目の焦点が合っていない。


医師「質問を少し変えます。あなたは勤務中にも関わらず、職場を無断で出て、事故が起こった交差点に事故の3時間前から滞在していました。どうして、あの場所にいたのですか?」


A「事故が起こると、知っていたからです」


声は平板で、抑揚がない。だが、発言内容は聞き逃せないものであった。


医師「……誰に、知らされたんですか?」


Aは静かに笑った。

柔らかい笑みというより、顔面の筋肉がこわばり無理に笑顔が作られたような印象の笑顔であり、医師は不気味さを覚えた。


医師(メモ)

※再質問しても、同じ反応を繰り返した。

※答えないというより、Aには当然のことなので説明する必要がないと考えている、という印象である。


医師「この通り、あの交差点では過去にも頻繁に交通事故が発生しています。見通しの良い道路なのになぜか事故が絶えません。今日も悲しい事故が起こった。あなたはそれが起こることを知っていて、3時間もあの場所で待っていた。そういう理解でいいですか? あまりにも不思議だと思いますが」


A「不思議ではありません」


Aは初めてしっかりとした声音で発言した。


医師「どういう意味ですか?」


A「ガイケツケッソンする場所ですから」


医師「ガイケツ……ケッソン? それは何ですか? どういう意味の言葉です?」


A「神聖な場所です」


即答。そして再び微笑。要領を得ないため追及する。


医師「神聖?人が死んでいるんですよ? 何人も。どうして、それが神聖なんですか?」


Aは質問に答えず微笑んだ。頬がわずかに紅潮している。

恍惚の色が濃かった。


医師としては譫妄状態と判断した。


医師「質問に戻ります。あなたの言うガイケツケッソンとは何ですか?」


A「行かないと……。私も……」


医師「……ちょっと、待ちなさい。座ってください。まだ質問が――」


※突然、Aが椅子を蹴って立ち上がり、部屋の出口へ向け数歩、歩きかける。

その動きは衝動的というより、順番が来たので進もうとした、という印象である。


看護師を呼び、静止させる。

説得にかなりの時間を要した。


※この介入に13分が 経過した。


Aはようやく椅子に戻ったが、呼吸が浅く、胸の上下動が速い。まるで急かされているように思われた。


医師「落ち着いてください。あなたがいたあの場所は、過去にも多数の死亡事故が起こっています。見晴らしが良いのに、なぜか車両が頻繁にぶつかる。自殺者も多い。遺体の損壊は極端に酷い。身体の一部が見つからないほどの事故ばかりだ。あなたは何か知っているんですか?」


A「だからガイケツケッソンしたんですよ」


淡々とした声音で言う。


医師「ですから、その言葉の意味を――」


A「捧げたのです。身体を」


今度の笑みは先ほどよりも深かった。


このあとも数回、質問を投げかけたが、もうなんら意味のある回答を得ることはできなかった。


ヒヤリング終了(15:13)


■ 所見(靴原)


面談を通して感じたことをそのまま残す。

文章としては乱れているが、むしろそのままの記録が必要と判断した。


・現場にいた理由


本人曰く「事故が起こると知っていた」とのこと。

だが、誰に知らされたかは説明しない。

Aは何かを知っていると思われるが、その点については曖昧な言葉しか口にせず、有意な情報を引き出すことはできなかった。


・ガイケツケッソンについて


聞き取りの限りだが、Aは完全に固有名詞として用いている様子だ。意味不明だが、Aの語気には敬意・憧憬・献身の混合したニュアンスが見られる。


医療記録を調べても、既知の精神医学用語ではない。宗教団体にも類例なし。造語か、あるいはどこかで刷り込まれたか……。あるいは犯罪の意味合いにおける、暗号的な言葉の可能性もありうる。


・事故現場の異常性


警察資料を確認するとあの交差点は過去4年で84件の死亡事故という異常値。


道路構造に問題はない。むしろ見通しは良く、事故の要因としてあげられる要素がないと言ってよい。


にもかかわらず事故数は異常値を示している。


加えて遺体損壊状況がことごとく悲惨であり、共通して身体の一部が欠落するしているのだ。


なおAがこの場所を神聖とした理由も不明。


・Aの普段の人物像


不動産会社の営業職であり、勤務態度は極めて真面目。酒癖・金銭問題なども一切なし。上司・同僚の評価も高く、穏やかで、むしろ心配性との証言もある。


つまり、今回の行動はAの本来のパーソナリティと完全に矛盾する。


・事故直後の異常行動


警察官の証言によれば、Aは損壊した死体には視線を向けず血液にも動じず車内に散乱していた 野菜・果物・肉・魚などをひたすら拾い集めていたとのこと。


特に、魚の切り身(事故車に積載されていた鮮魚と思われる)が道路に飛び散っていたが、Aはそれを丁寧に、かつ恭しく拾っていたらしい。


そしてそれを綺麗に並べようとしていたようにも見えた、という。


現場の警察官の非公式な証言によれば、どこか供物を扱う動作に似ていたかもしれない、とのことであった。


・精神状態


ヒヤリング中、Aの表情には恍惚・献身・敬虔さといった宗教的ニュアンスが随所に見られた。

譫妄、幻聴、被影響体験の疑いあり。

外来での対処で間に合うかは不明。

産業医の判断も含め、早急な継続観察が必要。


今後は薬物療法を中心に、ガイケツケッソンという言葉の背景についても追加調査が望まれる。


以上を関係機関へ報告の上、継続観察を提案する。

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