トノサマバッタ
冬部 圭
トノサマバッタ
「すれ違いって悲しいよね」
昼休みの教室で智が脈絡もなくそんなことを言った。何のことかわからなかったので僕は
「そうかもね」
と適当な相槌を打った。
「昨日さ、安田が相馬と待ち合わせしたんだ。台地公園で」
安田は保育園からの幼馴染、相馬は転校してきてから二ヶ月くらいのクラスメイトだ。二人の仲が良いらしいのは智から聞いた。
「相馬は第一公園と聞き間違えたみたいで二人は台地公園と第一公園でそれぞれずっと待っていたらしい。二人はどうすればよかったんだろうね」
智の話にオチがあるのか分からないけれど少し考えてみる。どうすることもできなかったんじゃないか。相馬は台地公園の存在を知らなかったかもしれないし、安田はそのことを知らなかったから台地公園を待ち合わせ場所にしたんだろうし。でも、それを言ったら身も蓋も無いか。
「二人は喧嘩してるのか」
殺伐とした答えを返すのは憚られたので話を少しそらしてみる。
「いや、まったく。お互い、悪かったなの一言ずつで仲直り。今日こそはと再び台地公園で待ち合わせだって」
安田はなんで台地公園にこだわるんだろう。台地公園に何かあったかなと考えてみる。
台地公園は小高い岡の上の公園で小学生が遊ぶような遊具がいくつか置いてある他は、僅かばかりの木々が植えられているこじんまりとした公園だ。僕たち中学生が遊ぶには物足りないと思う。台地公園に僕の知らない魅力が、なんて馬鹿なことを考えていると智が、
「バッタを探してるんだってさ」
と事情を教えてくれる。
「相馬はバッタが好きなんだって。で、こっちに来てからバッタを見ないなんて言うから、安田が台地公園で見た気がするって言ったんだ。相馬の奴、昨日は第一公園の方に行っちゃったけれど、そこでバッタを探してたらしいよ。見つからなかったらしいけど」
バッタのどこが良いか分からないけれど探せば見つかりそうなものだと思う。智はどんな心づもりでこの話をしているんだろう。
「本気で探せばバッタ位見つかると思ってるだろ」
智に心の内を見透かされているようで癪に障る。
「だからさ、俺たちもバッタ探しを手伝わないか」
楽しそうにと言うのか、僕のことをからかうようにと言うのかよく分からない調子で智はそんな提案をしてくる。智は僕の答えを聞かずに安田の席へ行って僕たちもバッタ探しを手伝うみたいなことを言っている。何で僕までと思うけれど、どうせ暇だし断ることもないかと考え直す。見つからなかったときに僕の所為にされないのなら別に痛くもかゆくもない。
放課後、一回家に帰ってから汚れてもいい服に着替えて台地公園に向かう。公園にはまだ三人は来ていないみたいだ。待っているだけなのは暇なので先にバッタを探してみる。
軽い気持ちで生垣の中や芝生の上を見てみたけれど、簡単には見つからない。バッタってこんなに見つからないものかななんて少し弱気になる。そうこうしているうちに相馬がやってくるのが見える。相馬の方も僕に気付いたみたいだ。
「やあ、清水君。何してるの」
のんびりした様子で声を掛けてくる。
「バッタがいないかなと思って」
ごそごそしていたことを告げる。
「どんなバッタが好きなの」
バッタはバッタ。どんなバッタか考えてなかった。
「オンブバッタかな」
疑問形になって相馬に笑われる。
「変なの。僕はトノサマバッタがいいな。安田君にここの公園を教えてもらったけれど残念ながらいそうにないね」
相馬は苦笑する。トノサマバッタはどんなところにいるんだろう。
「僕はトノサマバッタ見たことないかも。どんなところにいるんだろう」
見栄を張らず正直に申告する。
「前にいたところだと芒が生えている草原とかにいたんだけど」
相馬は少し考えこむ。そうこうしているうちに自転車に乗った智が現れる。
「もう来てたんだ」
智は正隆が時間通りだなんて意外だなんて失礼なことを言う。
「トノサマバッタを探しているんだって。でもここにはいそうにない」
智は大して驚きもせず、
「トノサマバッタなら河川敷かな。だけどふたりは歩きか」
確かにここから河川敷に行くのだとしたら自転車を使いたい。
「どのくらいあるか分からないけれど僕は歩きでも大丈夫だよ」
相馬はそんなことを言う。相馬の家からだと、ここまでも結構距離があると思うのだけど自転車を持っていないのだろうか。どうでもいいことを考える。
「まあ、安田が来てからだな」
三人で安田を待つ間バッタを探してみることにする。
「居た」
智が両手で包むようにバッタを捕まえたみたいだ。智は手を開いてオンブバッタを僕たち二人に見せてくれる。「さぁ」と智が言うとバッタは植込みの方へ跳ねていく。
「オンブバッタだと手で捕まえられるけど、トノサマバッタは無理だよね」
相馬にどうやって捕まえるつもりなのか聞いてみる。
「捕まえなくていいんだ。鳴き声を聞きたい」
相馬はそんなことを言う。トノサマバッタの鳴き声ってどんなだっけ。僕は聞いたことが無いかもしれない。
「安田と相馬、結構話をしているのにいろいろずれてないか」
ずけずけとデリカシーのないことを言う。
「そうかな」
安田は「分かった」といい返事をするけど、分かっていないことが多い気がする。バッタを捕まえる気全開でやってくるんじゃないだろうか。
そんなことを考えていたら、安田は後ろに虫取り網をくくりつけた自転車に乗って現れる。
「相馬の獲物はトノサマバッタなんだって。先に三人で探したけどここにはトノサマバッタはいないみたいだ。河川敷の方へ行こうかと思うんだけどそれでいいか」
智は安田に状況を簡潔に伝えてくれる。
「自転車組は先に行ってなよ。僕と相馬はのんびり歩いていくから」
僕が智と安田にそう言うと、
「気にすんなよ、自転車押していくから一緒に行こう」
と安田が答える。それじゃあと言うことで四人で河川敷を目指す。
智が相馬にいろいろ話を振って、なんでトノサマバッタなのかとか、捕まえなくていい理由とかを聞き出してくれる。安田は新しい情報を得るたびに頷いている。普段結構会話をしているはずの安田と相馬の間で思い込みと言うかすれ違いと言うかがあって、相馬とあまり話をしたことが無いはずの智の方が相馬のことを理解しているような気がしてくる。
智が聞きだしてくれたおかげで、相馬が好きなのは生身のバッタではなくて鈴虫やキリギリス、コオロギなんかの鳴き声だと言うことが分かった。トノサマバッタは別に澄んだ鳴き声と言うわけではないらしいけれどなんとなく無性に聞きたくなったと相馬は言った。
「虫の声だったら、俺は鈴虫がいいかな」
智が調子を合わせるようにそんなことを言う。
「俺は何がどう鳴くのかよく分からない。でも、リーンって鳴くのがいいかな」
安田は少し乱暴なことを言う。
「それが鈴虫だと思うよ」
相馬がフォローすると、
「あれが鈴虫なのか」
と安田は不思議そうな顔をする。まあ、虫の名前なんて知らなくても生きていけるといい加減なことを考えたけれど口に出すのは控えた。
河川敷に着いて堤防の上に立つと芒の草原の方からいろいろな虫の鳴き声が聞こえる。かすかな声、はっきりした声、澄んだ声、濁声。
「いろいろいるね。ありがとう」
相馬が智に小さく頭を下げる。
「トノサマバッタは居そうかな」
僕は気になったので思わず聞いてしまう。
「今は聞こえないかな。でもゆっくり聞いていたらあるいは」
そう言って相馬は耳を澄ます。僕たち三人も相馬と同じように。
言葉を交わしていてもすれ違いばかりの僕たちは、今同じ音を聞いている。同じ気持ちでいるのかなと小さな疑問が頭をよぎる。安田が虫取り網を持ち出さない間は僕たち四人は同じ気持ちでいるのだと思うことにした。
トノサマバッタ 冬部 圭 @kay_fuyube
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