ガンディー 暴力論
恥目司
そう遠くない未来のアメリカにて
アメリカ ワシントンD.C.
5月24日 午前10時20分(アメリカ時間)
ホワイトハウス内 執務室
アメリカ大統領クリス・ロバートの隣にそれはいた。
黒い肌に日に焼けた浅黒い肌、禿げた頭に丸眼鏡をかけた老人。
「世間では、私といえば“非暴力・不服従”という言葉が出るようですが、それは私が無抵抗主義者である事では決してありません」
枯れ枝のように痩せ細った手足で、ロバート大統領の目の前に立つ。
「私は平和主義者ですが、暴力には反対をしません。抵抗とは暴力によって行われるべきものです」
ほとんど皮と骨の老人が足枷を嵌められて、紅茶を啜っている。
「私は“臆病者となってインドが屈従するぐらいなら名誉のため暴力に訴えろ”という言葉を遺しています。非暴力という手段はあくまでもイギリスに対してそれが効果的だったから」
第51代大統領クリス・ロバートは自分の目を疑っていた。
前大統領であるジョン・マイダスからの引き継ぎ事項として伝えられた、外宇宙生命体ガンディーとの会談。
まるで夢でも見ているのではないかと思っていたが、その夢は現実となった。
なぜなら、およそ100年前に死んだはずのガンディーが、ホワイトハウスの中で息をし、歩いていたからだ。
歴史のテキストに載っている顔写真がそのまま、現実世界に現れている。
日本のコミックではムサシ・ミヤモトのクローンを作ったという話を見たことがあるが、その類なのだろう。
何も知らされてなければ、話はそれで済んでいた。
今、ここにいるガンディーはかつて第三次世界大戦を引き起こした張本人だ。
2024年、ヒンドゥー・ナショナリス卜の凶弾によって死んだはずのガンディーが何故かウクライナのマリウポリに現れ、チャットAIを使ってICBM 5発をロシアに向けて飛ばしたのだ。
バカバカしい話だが、チャットAIはそれを行なったし、現にウラジオストク、ノヴゴロド、ミールヌイ、そしてサンクトペテルブルクは辺り一帯が焼け野原と化した。
純粋なAIは、なにも知らずにモンタナのミサイル基地をハッキングし、ミサイルの制御を奪い、ロシアとの戦争の引き金を引いたのだ。
もちろん、報復にロシアも核ミサイルを撃った。
西海岸の沿いの都市が完全に焼き払われた。
当時の大統領は、ガンディーを名乗る戦争犯罪者に激怒した。
当然だ。インド近代史の偉人を騙るたった一人の老爺が世界の秩序を引っ掻き回したのだ。
そこから20年の時が経ち、ガンディーの身体は衰えるという事はなくクリス・ロバートの前にいた。
「あの時の私はあなた達の心配事を消すためにちょっとした力添えをしただけです。そうですね。私の故郷のインド神話になぞらえて……バルスとでも呼びましょうか」
冗談混じりのガンディーに、現在の大統領は激昂する。
「力添えだと!?あんな野蛮の集まる国などお前が手を出さずとも、我々のみの力で戦えた!!」
「本当にあなた方の力だけで戦えたのなら、どうして核という圧倒的な力を使わなかったのですか?」
「使う気など無かったからだ!!!!」
張り上げた声は、執務室全体に響いた。
「核は持つだけでも抑止になり得る。お前は知らないだろうが、核を使ったヒロシマやナガサキの惨状は今や世界中の人間が理解している!!ただ核という脅威をチラつかせるだけで、それだけで良かった。なのに……!!」
「それは、とても迷惑な事をしてしまいましたね」
さも他人事のように言い放ち、紅茶を啜るガンディー。
「貴様ッ……!!」
こめかみに青筋を立てる大統領。
その悪魔のような表情など気にもせずに、ガンディーはただただ冷静だった。
「ですが、あなた方は第三次世界大戦を経てアメリカ及び欧米連ねる“資本主義国家”が優位であるという事を見せつけた。全てはウクライナの為という大義名分のもとに放った核ミサイルで、歴戦の大国アメリカは賞賛された。大戦の処理が全て終わり再び平和になった今、勝者はすべてが正しい。正しいが故に、名実共に世界の頂点だ。しかし、それでも平和というには程遠い。なぜなら勝者さえも地の底に堕ちてはならないと真の平和とは呼べないのですから」
突然、ガンディーが手にしたフリントロックの拳銃と共に大統領に向けた一言は激怒している彼の顔を一気に青ざめさせるには最適なものだった。
「私はただ、この世界が平和であるべきだと思うのです。平和であるべきには何をすれば良いのか。それは人類を支配する事です」
「な、何をするつもりだ……!?」
「何をするもなにも、あなたを此処で殺せば私の計画が始まるのですよ。それ以外になにがあるというのですか」
なぜか、周囲にSPはいない。
クリスは両手を挙げるもガンディーは銃口を向けたまま。
非暴力・自己浄化・不殺生を掲げていたあのインドの偉人とは思えないほどの殺意。
「……なにが望みだ」
「さっきも言った通り、人類の支配ですよ」
「お前如きが、我々を支配できるとでも言うのか」
「ええ、できますよ。その為に私たちはいます」
引き金が、引かれる。
細く浅黒い枯れ枝のような指で。
低く、重い銃声が、ホワイトハウスにこだました。
飛び散る“赤”が、彼の視界を染め上げた。
2044年 5月12日 午前10時28分。
アメリカ大統領 クリス・ロバート 殺害。
後世の歴史に残る、世界の大きな転換点となった。
ガンディー 暴力論 恥目司 @hajimetsukasa
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