三日目

 明くる朝である。昨日と同じような流れで起床し、点検の後に運ばれてきた朝食を済ませて、昨日の続きでも始めようかと思っていると、一昨日の制服の男がやってくる。

「今日は別室に移動する! 何も持たずに直ちにトイレを済ませた上で鉄格子の前で待っていること!」

 と、これまた唐突な命令を下す。今度は何だ、裁判でも始まるのか、と思っていると、鉄格子の前に黒づくめの男が現れ、大きな音をたてながら私の独房の鍵を開錠し独房の中へ入ってくる。彼らのなすままに手錠を嵌められる。そして

「三番出よ!」

 と命令され、ついに私は鉄格子の外へ出された。廊下を見廻すと、私と同じように収容されていた四名が、ちょうど牢から出されているところである。制服の男の指示により称呼番号三番の私を丁度真ん中にして、合計五名の囚人(——果たして我々は囚人なのか?)が階段のある方向へ体を向け、静止する。列の先頭にいる制服の方はそれを見て満足げに

「それでは、一階第〇号室へ出発! 移動中の私語は厳禁である!」

 とやや芝居がかった大声を張り上げ、施設に充満した夏の朝の湿気の中を列が進み始めた——


 第〇号室と名付けられているらしいその部屋はかなり広かった。我々囚人たちは、一旦第〇号室の後方で本日二回目の点検を経た後、前方に等間隔で並べられた席に座らせられる。この時点で意味不明である。尋問や裁判なら一人づつ行われると思うし……などと思っていると

「用紙及び筆記用具配布! 指示があるまで表紙を捲らぬこと!」

 という制服の男の大声が響く。やはりおかしい。これは何かの試験か? 左隣に座る禿頭の囚人もこの意味不明な展開に面食らっているようである。右隣のやや若い男は全てを悟ったように平然とした顔をしているようだが、或はこの程度のことでは驚かされなくなっだだけのことかも知れない。もし何かを悟っているのなら、ご教授賜りたいところではあるが——

「配布完了! 放送の入るまで表紙を捲らぬこと!」

 制服の男が目前の黒板に「10:00〜12:00 12:00までは解答が終わったとしてもそのまま静かに着席していること。トイレに行く場合は静かに挙手すること」などと書いているのを見ながら、これでは本当に試験ではないか、と思っていると、

「それでは、表紙を捲って開始されたし。」

 という放送が入る。表紙を捲って最初の頁を見てみれば、最初に「あなたが収容されたのは何という法律のどの条文に違反したためか。また、その法律について思うところを述べよ」という問題があり、二頁以降には「法律といわゆる法規命令の違いについて簡潔に述べよ」、「法の適正手続きとは何かについて、簡潔に述べよ」、「現行の選挙制度を批判的に検討せよ」といった問題が三十問ほど並んでいる。一体何なのだ。特定秘密空間法だったか、あの慌しい逮捕の中でそんなこと一々覚えていられないだろう、などと思いつつ、ある程度の点を稼げばこの奇妙な施設から出してもらえるかも知れない、などという一縷の希望を抱きながら、学生時代に習ったことも思い出して、一心不乱に鉛筆を走らせた——


「解答止め!」

 試験の終了を告げる放送が入る。私は最初の一時間で全ての問題の解答を終えていた(なお、合っているか否かは度外視する)ので、残りの時間を見直しもせずに——適当に解答している以上、見直しにさしたる意味はないだろう!——うとうとしていたが、その放送の声にはっと驚かされる。問題用紙兼解答用紙は回収され、制服の男の指示で、そのままこの場で昼食を食べることとなった(勿論私語は厳禁である)。その後、我々囚人は独房に戻された。


 二時間後である。なんというか、あまりにも唐突な試験にいささか疲れてしまった私は、流石に昨日の続きをする気力も失せてしまったので昼寝をしていたが、自らを呼びかける声に起こされた。

「三番、直ちに別室に向かうので準備せよ! おい! 聞こえるか!」

 今度は一体何なのか、と思いながらも、私はしぶしぶ立ち上がる。再び手錠を嵌められた上で、鉄格子の外に出される。今度はどうやら私一人だけのようであったが、どうやら称呼番号順に呼び出されているらしい。朝とは打って変わって非常に高温となった廊下を歩きながら、今度は第〇号室とはまた別の小さな部屋に連れて行かれた。その冷房のよく効いた部屋には私を此処まで連れてきた男と同色の制服を着た女が中央に座っていた——

 慇懃な笑みを浮かべるその女は私を見るなり、

「三番ね。そこの椅子に着席しなさい」

 と私を手前の椅子に座らせる。そして、

「あなたの結果は四十一点ですね。まあ、まずまずといったところでしょう」

 と言いながら、私に添削された解答用紙と何やら大量の書類の入っているらしい封筒を手渡す。

「ああ、それと…」

 と続けて私に差し出したのは、一昨日に黒づくめの男に奪われた携帯電話であった。これは、もしや、と思うや否や、

「あなたは本日を以て釈放されます。ただし、釈放の条件としてこの施設の存在は勿論、あなたが一昨日に逮捕されて以来の出来事について絶対に口外してはなりません。——勿論それなりの手当は用意してあります。あなたが今持っているその封筒には二百万円が……」

 全く意味が分からない。口外してはならないということは、やはり秘密組織の類ということか。まあ、二百万円もの金が手に入るのならば、文句はない。

「……困惑なさるのも無理はありませんが、少なくともあなたにとって決して無意味な体験ではなかった筈です。ともあれ、帰り際に施設の方を振り返って頂ければおおよそのことは理解して頂けるのではないかと思います。」

 何を言っているのだ? まあ、確かに刑法の内容を知ることが出来たという点では良い機会だったのかも知れないが。

「それでは、退出しなさい」

 と、こちらが質問をする隙も与えず、退出させられた。その後、私はこの施設に連れてこられたときの服——ご丁寧に洗濯してあった——に着替えさせられ、裏口で待っている車で家まで送迎するから直ちに裏口まで来るように、と制服の男に命令されるまま、裏口を出て久しぶりの外の空気を吸ったのであった。午後の夏らしい、やや不快さを伴った暑さと午後の蟬の声が身を包む——

 車に乗る直前、そういえば、と思い後ろを振り返ると——

 はたして、施設の裏口の上には「公益秘密結社 民主主義者育成協会」という文字があった。





——

かなり前(高校の頃であったかと思います)に書いたものを、修正の上で投稿したものです。

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或る逮捕 古蔦蘆越嶁 @frztys_wcr

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