二日目
翌朝、七時になる少し前に、起床時刻を知らせる音楽に起こされる。看守が点検にやってきて、昨日に説明された通りの号令をかけるので、私は
「三番!」
と声を張り上げる。看守は、
「よし!」
と言って立ち去り、隣の収容者の点検を行う——昨晩の点検では眠すぎて気付かなかったが、どうやら私を合わせて五人の哀れなる収容者がこの階に居るらしい。その後、まもなく朝食が運ばれてきたが、焼き鮭に加えておかずが三品も付いているのである。昨日の生姜焼きといい、旅館の飯と比べても遜色なく、何か裏があるに違いないなどとも思いながら、本当に怪しげな組織に捕まってしまったのだなあ、と改めて実感した。
さて、昨日の制服の男の話によれば、七時十五分より三十分間の朝食、十二時より三十分間の昼食、五時半より三十分間の夕食、そして就寝時間を除き、全くの自由時間らしいのである。しかし、自由と言われても困ったものである。本棚の本を読む気にはなれないし、さりとて何もしない訳にはいかない。いっそのこと刑務所のように何かしらの労働を与えてくれた方がマシなのだが、この施設が刑務所ではない以上、そういう刑務作業のようなものを与えることは出来ないらしい。自由とは罰にもなり得るのだなあ、などと一種哲学じみたことを思いながら、仕方なく本棚のノートに他愛もない落書きをしてみる。それに飽きて時計を見れば、恐ろしいことに、まだ九時にもなっていない。普段は知覚し得ぬ「何もすることがない」ということの苦痛性をひしひしと感じながら、昨日手に取った小型六法を取り出し、今度は適当に開くのではなく、なんとなく今の自分に関係していそうな刑法あたりを読んでみることにした。
いきなり「明治四十年法律第四十五号 刑法 刑法別冊ノ通之ヲ定ム」というような調子で始まるものだから、戦前からあったのだなあ、と感慨深く思いつつも少々面食らったが、本文自体は今の言葉(口語と言うんだっけ)であるらしい。しかし、この刑法は昨日の会社法に比べれば存外面白いのである。何を言っているのかよく分からないところもあるが、そういうのはすっ飛ばして特に第二編あたりを読み進める。途中、これをノートに書き写せば時間潰しになるのではないかと思い付き、一旦第二編の最初に戻って意味があるのかないのかよく分からない刑法の書き写し作業をする。
一度、何かしらの作業に没頭すれば時間は加速して進んでくれるものである。休憩を挟みつつ、あえて非常に丁寧に条文を書き写し、時間をかけて理解しながら、「飲料水に関する罪」などというものが存在するのだなあ、と思っていると、昼食を知らせる音楽が鳴る。この「作戦」は案外良いかも知れない、などと思いながら、満足げに筆写したものを眺める(誤字脱字の修正箇所はご愛嬌)。昼食を済ませ、再び作業に没頭する。——結局、その日は夕食を挟んで、刑法の第二編部分は勿論のこと、破壊活動防止法の途中あたりまで写し終えて、明日以降もこんな日々を過ごすのだろうか、しかし、案外字を綺麗に書くというのは気持ちの良いものだなあ、などと思いつつ、点検の後、就寝した。
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