第8章・生命の歌

第43話《raison d’être》

 自分が立つ最後のステージに、藍坂 祐奏(あいさか・ゆうか)は視線を向けた。

 意を決して、歩き出そうとした時に、「歌うまコロシアム」出演者の佐沢 優奈(さざわ・ゆうな)が歩み寄り、祐奏の手を取った。


「私、私っ、言葉も、ないけど……本当に、心から、応援っ、しているからっ!!」


 もうすぐ祐奏の命は尽きる。優奈はついに耐えられなくなり、涙を流した。


「ごめん……なさい、涙が、止まらないけど。でも、見逃さない……から」


「優奈ちゃん。ありがとう。声優も、始めたんだよね?」


 佐沢 優奈は、プロ歌手・南城 碧(なんじょう・みどり)のアドバイスを受けてから、声優も始めていた。クール系のキャラクターを、威厳を持って演じる演技力と声質は、評判が高い。


「うん。私ね、ずっと、歌内 釉ちゃんのファンだった。リスナーだったよっ」


 優奈の気持ちが籠った告白を、祐奏は澄んだ微笑みで返した。


「ありがとう。ふふっ、声優では、"僕"の方が先輩だね。だから、いいとこ、見せないとね。見てて」


 祐奏は、"リスナー"のために話し方を"歌内 釉"のものに変えた。ステージに歩き始めた時に、妹の藍坂 歩奏(あいさか・ほのか)が歩み寄った。


「あの……お姉ちゃん」


 食い入るような視線だった。その溢れる熱量が、祐奏の心を揺らした。


「歩奏」


「決勝には、優奈さんと、わたしが出ることになる……よね?」


 祐奏は16時44分から数分後には亡くなってしまう。だから100点を取っても、決勝には出られない。歩奏が繰り上がりで、決勝に出るのは確実だった。


「だから、わたし。どんなに叩かれても、やりたいことがあるの」 


 祐奏は気迫の籠った、歩奏の目線を受けた。一瞬、立ち止まり、返答を待った。


「決勝では、お姉ちゃんの作った曲・《raison d’être》を歌う。その服を……着て!」


「歩奏!? いけないわ。そんなことをしたら……」


「うん。ネットで滅茶苦茶叩かれると思う。『姉が亡くなったのに、売名行為か』、『歌内 釉より劣るのに、同じ歌を聞かせんなよ』とかね。でも……でも、ね」


 大粒の涙が歩奏の目から流れ落ちた。強い気持ちが声を震えさせた。


「お姉ちゃんが、この世界からいなくなったら、わたしが、お姉ちゃんがしてきたことを、しないといけないのっ! お姉ちゃんは言ったわ。『歩奏は一歩一歩、歩いて、わたしのところまで必ずくる』って。だから……」


 祐奏は黙って、歩奏を抱きしめた。


「──歩奏には、歩奏の良さがあって、わたしの影を追う必要はないと思うけど……でもね。わたしへのリスペクトとして、歌と服が必要なことは、わかったわ。例え魂だけになっても、歩奏のメッセージ、受け取るからね」 


 そう言って、妹を離す。視線を葦原 廻へと向けた。


「──廻くん」


「祐奏」


 2人は一瞬、見つめ合った。そして祐奏は宣言した。


「挑んで、きますね」


 廻は強く頷いた。祷も頷きつつ、泣きながら見送った。AKARIが既に配信しており、祐奏がステージに歩き始めたことに、外から歓声が起こった。


 司会者の浪速 明昌(なにわ・あきまさ)が「急な停電になってしまったけどさ、でもみんなのテンションは、むしろ爆発しちゃったね」と祐奏に声をかける。


「今回のお題は『自分を表していると思う曲』! さぁ、何を選ぶ!?」


 浪速の問いに、祐奏はよどみなく答えた。


「《raison d’être》で、お願いします」


 廻と初めて一緒に作った物語『もし、異世界魔法少女が、現実の魔法アイドルになったら』の主題歌。ショートアニメにもなり、祐奏はヒロインのエマ・トーマを声優として演じた。その主題歌は、祐奏が歌内 釉として、配信中に即興で作曲した曲を基にしたものだ。この歌以外、ありえなかった。


 電力不足で、照明は少ない。周囲は真っ暗で、ステージ中央に立つ祐奏に照明を集めた。祐奏は、声優として異世界から突然、この世界に迷い込んだエマの魂を自身に下ろした。不安な視線と、わずかに震えながら祈る手の演技を入れる。


「何も喋っていないのに、エマなのがわかるよっ! 彼女の孤独が伝わるよ」


 祷が小さく叫んだ。わずかな動作だけで、藍坂 祐奏でも、歌内 釉でもない魂が宿ったと"伝わる"のだ。


 曲が始まったその瞬間、祐奏はゆっくりと目を開けて、観客席ではなく、遠いどこかを見据えていた。途方にくれたエマを表現して、イントロの5秒間、立ち尽くす。ピアノの低い余韻が会場の空気を震わせ、観客の息が一つにまとまった。祐奏は一度だけ、浅く息を吸った。


(女優としても、天に届く子なのね……なんて、惜しいっ)


 世界的デザイナーの塒ケ森 郁(とやもり・かおる)が、拳を強く握った。


「──セカイのはじまりは ひとひらの夢」


 右手をゆっくりと胸の前に持ち上げて、手のひらを上に向け、何かを包み込むような形をとる。

 祐奏の声でも、歌内 釉の声でもなかった。少し高めの、透明感のある少女の声。


「エマ・トーマの声っし!」


 AKARIが驚愕して、口調が強くなった。カラオケ対決番組にも関わらず、祐奏は歌詞に込められたキャラクターの意志を、演技しつつ、歌い上げようというのだ。


 手を天に向けてゆっくりと開き、視線も合わせて上に向けた。Aメロが始まる。


「──誰かの物語が 誰かの胸を灯す」


 歌詞に合わせ、右手を左胸に当て、その手を優しく押し出した。それは誰かに差し伸べた手。その手の先には、舞台袖の廻がいた。


(エマが、成瀬 瀧哉(なるせ・たきや)の手を取っている絵が見える)


 廻は自分と作った物語を、ここでリスペクトした祐奏の心情に触れ、涙が止まらなかった。胸の奥が熱くなり、指先が震えた。祐奏の言葉が胸に刺さる。


「──それが僕の真実」


 抱きしめるように、両手を胸の前で交差させ、そして決意したように視線を正面に向けた。


「──孤独が叩きつける 心の暴風の中」


 両手を左右に広げ、叩きつける風を表すように、身体を小さく震わせた。防御するように、両手を顔の前で交差させた。


(保護してくれた、瀧哉くんとはぐれて迷子になった絵が浮かぶ。お姉ちゃんっ)


 動き、表情、声の出し方。全てが「声優・歌内 釉」のパフォーマンスを表していた。圧倒的な演技力と、神性を帯びた声質に、会場の外からうめき声が漏れる。


 歩奏は、自分が目指す壁の高さを実感し、全身に震えが走った。

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