18

 やられ役たちを乗せた砂漠警察の船が去っていく。クルーザーは別方向に進み、巡視を続行する。


「タイム更新、ニシキちゃん、お見事!」

「ありがとうございます、ご指導の賜物です…!」

「格闘技教えた覚えはねえんだけどなあ」


 リンはストップウォッチで、ニシキの出撃から報告までの時間を測っていた。初めてできた後輩をちゃん呼びで可愛がり、彼女の記録を上機嫌でほめそやす。


 ニシキは保全部隊の船に戻り、ついでに元のドラゴンの姿に戻って、リンの肩で休憩している。ニシキの正体は超小型の龍、ドットドラゴン。成体でも人間の手のひら程度の大きさにしかならない種族で、傍から見ればペットにしか見えなかった。


 彼女の戦闘スタイルは、素手による徒手空拳。それと、瞬時に人間体とドラゴン体を切り替える目くらまし。巨体がすぐさま数十センチに縮むなど、誰も気づかないまま倒されていく。


 レプタは疲れ切った顔でぼやく。入隊希望者がやっと来たかと思えば、大型タンカーの擬人化みたいな筋肉娘が来るわ、かと思いきやまたドラゴンで、しかも本体が小さすぎるわ。当のニシキが、リンに比べればまだ大人し目の性分であることだけが一応の救いだった。面接時に、彼女はある夢を語ってくれた。



「あー…、何でこの仕事に応募したのか、動機を教えてください」

「わたし、…人間に、恩返しがしたいんです。魔法の下手なわたしに、人間化魔法を教えてくれたのは、人間の魔法使いだったから」

「あらまあ…」


「…どうしても、強くなりたくて、とにかく誰よりも何よりも強くなりたい…って願って魔法をかけたら、こんな体に」

「そんなことある?」

「『これだ!』って思いました」

「左様で御座いますか」



 局長はその場で「強いならヨシ」の一言で採用した。レプタに指導相談員としての負担が重くのしかかる。


「二人とも強いのはわかったからさあ、今はまだいいけど、暴れすぎて周りに被害出さないようにね、モノによっちゃ高くつくよ」

「高くって、どれくらいですか?」

「え?、あー、そうね、お前ら二人が必死で稼いでも何十年もかかるかもよ」


 レプタの例えに、リンとニシキが顔を見合わせる。


「…何十年で済むんですか?」

「え、短…。それくらいなら、まあ、何とでもなりますね…」


「お待ちになって?」


 レプタの頬が引きつる。失念していた、この後輩たちは人間ではない。人間の尺度で物事の重大さを説いたところで、伝わらない可能性が出てくる。


「あの、そういえば、ドラゴンって何千年も生きるけど、お前ら本当は今何歳…?」

 レプタが震えながら尋ねた。変化中は二十代程度の人間にしか見えない後輩たちが、揃って目を逸らす。二人で顔を近づけ、ひそひそ話が始まった。


「…先輩、履歴書にいくつって書きました?」

「正直覚えてない、それっぽい数字にしたと思う。龍の国の中と外で、時間経過の感覚も違うし、どう誤魔化す…?」


 何とも言えない空気が漂いはじめる中、クルーザーの外に来客が来る。この船よりやや大きく、いやに煌びやかな装飾を施した客船が、マイク越しに語りかけてきた。


「聞こえますか、保全部隊の方々。我らは神龍加護会、神龍加護会です。神の御使いであるドラゴンを不当に占領する貴方たちへ、話し合いの場を…」


「…おい、ねえ、構うなよ、急旋回して帰ろうね、お願いだから」

「…話し合いがしたいとのことなので」

「そうですね、話し合いたいらしいですからね」


 レプタが止めきれるわけもなく、リンとニシキはクルーザーの外へ飛び出す。リンは変化を解いて本来の姿に戻り、ニシキは人間体に化けた。

 カルト教団の船は、突然現れた神の使いと謎の格闘家の襲撃を受け、大混乱に陥った。神の御使いと崇めるドラゴンに攻撃を食らう理由が、彼らには何も解らなかった。


 レプタは何もかもを諦め、空間移動、もとい逃走に備えて、薬草タバコに火を点けた。


 本当にこの仕事辞めてえなあ。


 むなしい願いは、太陽光に焼かれて消えた。



                   おしまい

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砂漠でドラゴン保全やってるおっさんだけど、本当に辞めたい誰か助けて。 かんぽうやく @showguts

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