Legacy

琥珀

プロローグ

いつからだろうか.....世界は光を失った。

否、本当に光を失った訳ではない。

ただ俺には全てが乾いて見えたのだ。


幼い頃、世界は鮮やかだと感じた。周りの全てが輝いて見えた。自分にできないことはないと錯覚した。

しかし、現実はそう甘くはない。周りと開いていく差,自身を蝕む周囲の言葉や視線,伴わない結果.....

この世界は平等かと問われたらこう答えるであろう。


世界が平等だったことなんてありはしない.....と


平等は元からあったものではなく、あくまで定義づけされたことで、人々が目標としたものだ。つまり、何者かの意思が介在して初めて平等は実現する。


そもそもの話、世界が平等ならば、全ての者を同じ様に創るはずである。されど、ありもしない平等という言葉はいつだって人を縛りつける。


勝ち続けた者は嫉妬,羨望に伴う行動によって平等な存在へと落とされ、負け続けたものは侮蔑,嫌悪といった感情を向けられ、平等に傷つく。人は平等を実現しようとする感情を、世界によって備え付けられたのかもしれない。そこに何な不都合があるかのように........


だからといって何かを為すでもなく、何か爪痕を残すことも無い人生。それは空虚なものであろう。然らばどうするのが正解なのだろうか...


もちろん、多くの者が自身と同じだと言われたら否定は出来ない。ならば、安心だと思うだろうか。それは否である。世界は平等という言葉と相反する、特別でいたいという感情を与えたのだ。その絶対的に矛盾する2つの感情は、良くも悪くも自分に大きな影響を与えたことであろう。


俺は特別な人間になりたかったが、なれなかった。そんな大衆の1人だった。では何故世界は特別でいたいという感情を与えたのだ。そんなものがなければ、期待することもなく、平等であれただろうに…………




―――――――――――――――――――――




階段を上がる音が聞こえる。

「蓮兄さん、朝ですよ。起きてください。」

自分に残された数少ない大切な存在の声が耳に届く。

「あと5分だけ....」

我ながらなんてベタな返しだろう。


「早くしないと遅刻しますよ。それともこのまま一生眠りにつきますか?

いつも私のために頑張って、疲れているのは知っていますが、今日だけは起きてもらいます。」

物騒な言葉が聞こえたな、なんて思いながら身体を起こして、弓に引かれたかのように身体を動かし、何度繰り返したかわからないやり取りをする。


「な~んてね!我が愛しの妹よ。兄を永眠させようとするのはこれで100回目だぞ!」

「もう、抱きつかないでください、兄さん。暑苦しいです。」

そうは言いながらも、言葉の節々から滲み出る親愛を感じ、今日も頑張ろうと自分を奮起する。


「今日もツンデレだな妹よ。でもそんなところも愛してるよ」

「あの……それは嬉しいですが、今日は私たちにとって大切な日なんですよ!」


「大切な日」…そう、今日は木更の高校受験の合格発表の日だ。彼女が必死に勉強している姿を、俺は陰ながら見守ってきた。正直、俺自身の人生に大した期待は持てない。特別なことなど何一つ残せやしないだろう。だが、木更が笑うなら、その一瞬だけ、この色褪せた世界も生きる価値があるように思えた。


彼女の「光」を守るためなら、俺はなんだってする。偽りの自分を演じ、世間の刺すような視線や噂話をはねのけ、ただ2人で過ごす平穏な日常を維持するために力を尽くしてきた。


「そうだな、じゃあ一時休戦ということで」

「もう、兄さんは何と戦っているんですか…」

妹はため息を着きながら言う。

「早く降りてきてくださいね。ご飯できてますから」

そう言い残し、妹が階段を下りていく音が遠ざかる。俺はベッドに腰掛けたまま、ぼんやりと天井を見つめていた。


2つ下の妹の木更、多くを失ったあの日以降の俺に残る大切なたった1人の妹だ。

あの日以降....俺の目に入る全ては色褪せている。


それはなんてことのない日々だった。普通に朝ごはんを食べ、小学校で過ごしていた時、教室の扉が開く音とともに俺の日常は終わりを告げた。


「蓮君!!急用だ、少し来てくれるかな。」

その後のことはあまり覚えていない。

「蓮君のお母様が亡くなりました……」

その一言で頭が真っ白になったからである。


事の顛末は、両親の些細なすれ違いが、大喧嘩に発展してしまい、父さんに押し倒された母さんの打ちどころが悪かったということらしい。


そして、その場にいた妹はショックのあまり、他人への心を閉ざしてしまった。その中で唯一の僥倖と言えば、兄へ向ける気持ちだけは閉ざさなかったことだろう。


祖父母の家に引き取られた俺たちは最初ずっと泣いていたと思う。しかし、時間が解決するという言葉があるように、少しずつ立ち直っていった。

自身の心の整理なんてそう簡単につく訳もなかったが、俺たちは時間をかけて立ち直り、2人で一緒に、もう1度頑張って生きていこうと誓った。そして、まだ未熟で、世界を知らなかった俺は祖父母の反対を押し切り、もう1度学校に行くことを決めた。


学校に戻った俺を待っていたのは、以前と同じ教室、同じ机、同じ風景。

……のはずだった。


子供ながらに、全てが少しずつ異なっていることを認識する。

視線。言葉。沈黙。

どれもが、刃のように心に突き刺さる。


「かわいそうに……」

「でもさ、あの家って……」

誰かが囁くたびに、胸の奥がざわつき、何か大切なものが削られていく気がした。


あの日を境に、俺の世界は「普通」ではなくなった。

母の死。父の逮捕。そして心を閉ざした妹。

あまりに急すぎて、子どもだった俺には到底受け止めきれなかった。


だから、俺は決めたのだ。辛い思いをするのは俺だけでいい。

――せめて、妹だけは守ろう、と。


木更が笑えば、俺の世界も少しだけ色を取り戻す。

木更が泣けば、俺の世界はさらに暗く沈む。

彼女が俺の「光」であり、俺の「存在理由」になったのだ。


そんなことを悶々と独白し、

「さあ、今日も頑張るか…」

そう独りごちて立ち上がろうとした、その時だった。


ドォオオオオオン……!

窓ガラスがビリビリと震えるほどの、地を這うような轟音が響き渡った。

「な、何だ…!?」

思わず部屋の窓に駆け寄る。空は、つい数分前まで見慣れた朝の青をしていたはずだ。しかし、今、視界に入ったのは、おぞましい光景だった。


天を覆う太陽にも及ばんとする巨大な「弾丸」――その表現が、恐ろしいほどに正確だった。


それは、空から垂直に、音速を遥かに超える速度で降下してきているように見えた。大きすぎて、それが円筒形なのか、球体なのかすら定かではない。ただ、都市全体を覆い尽くさんばかりの途方もない質量が、黒い影となって地表に迫っている。


その「弾丸」の先端からは、まるで大気そのものを焼き切るかのように、オレンジ色の凄まじい熱光が迸り、轟音と衝撃波が連続して街を揺さぶる。

「兄さん!今の音、何!?」

階下から、木更の悲鳴にも似た声が響いた。


俺の思考は、一瞬で「光を失った世界」から「存在そのものが失われる世界」へと切り替わった。理不尽だ、あまりにも。妹が初めて自分から挑戦したいと言ったこと、そしてやっと掴みかけた妹のささやかな幸せも、俺が積み上げてきた2人の日常も、何もかもが、この一瞬で無意味なものへと変えられてしまうのか。


「クソッ!」

反射的に、階段を駆け下りる。リビングには、顔を真っ青にした木更が立ち尽くしていた。テーブルには、俺たちの好きな卵焼きと味噌汁が並べられたままだ。

「木更!すぐに家を出るぞ!」

「え?でも…」

「いいから!あれは…あれは、ここに落ちてくる!急げ!」

俺は木更の腕を掴み、玄関へと引きずった。彼女が抵抗する。


「待って!何が起きてるの!?どこに逃げるの!?どうして今日…!」

そうだ、今日は彼女にとって大切な日だった。そして、俺にとっても、彼女の笑顔を見られるはずの日だった。

俺は立ち止まり、木更を抱きしめた。力を込めて、二度と離さないと誓うように。


「すまない、木更。約束する、絶対にお前だけは守る。俺の命に変えてでもだ」

そう言った直後、外からの光が一層強烈になり、ガラス窓が閃光を放った。


「平等だったことなんてありはしない」

脳裏に、つい今しがた考えたばかりの言葉が蘇る。これも何者かの意志の元で実現しようとしている平等なのだろう。平等に傷つくこと、平等に絶望すること、そして、この世界が終わることすら、誰にも与えられる平等な結末なのだろうか。


「木更、目を閉じろ!」

俺の叫びは、次の瞬間に発生した爆音と衝撃波に掻き消された。

世界が白く染まった。

凄まじい熱波と風圧が家を内側から吹き飛ばし、俺と木更は木っ端微塵になった壁や家具と共に宙を舞った。


意識が遠のく中、俺は咄嗟に木更を自分の身体の下に庇っていた。激痛が全身を走り、骨が砕ける音が聞こえる。しかし、その痛みよりも強く、一つの感情が俺の胸を貫いた。

「特別でいたい」という感情。


特別になろうとして、なれなかった人生で、俺は妹を守るという、俺にしかできない「特別」な役割を掴んでいたのだと気付く。この絶対的な終末の中で、愛する者を守り切る。それは、世界が俺に与えた、唯一の、そして最後まで貫き通したい「特別」だったのかもしれない。

そして、俺の身体が地面に叩きつけられる寸前、奇妙な現象が起こった。


砕け散ったはずの建物の破片や、飛び散ったはずの血しぶきが、空中で静止したのだ。

轟音は消え、世界は、まるで最高速から最低速へと急ブレーキをかけたかのように、不自然な沈黙に包まれた。熱波も風圧も、俺の身体に到達する寸前で、時間を巻き戻されたかのように霧散していく。


木更の身体は、俺の腕の中で眠っているように穏やかだ。彼女は、まだ何も見ていない。

俺は、瓦礫の山の中で、かろうじて意識を保っていた。身体の痛みは消えていないが、先ほどの激痛からは解放されている。

頭上を見上げる。


「弾丸」は、街の遥か上空、雲を突き破ったその場所で、停止していた。そこだけ時間が止まっているかのように。


そして直後、弾丸は2つに分かれていた。


何が起きたか把握しようとするも束の間、

その「弾丸」から、一本の線が伸びてきた。それは、光でも煙でもない、透明で、しかしそこに存在していると確信できる何らかのエネルギーの線だった。


その線は、まるで糸のように空を降りてきて、俺の眼前に、寸分違わず着地した。


それは、一本の刀だった。


降り注ぐ光と、世界の選択

刀身は、月光を宿したかのように青く輝き、不自然なほどに美しく、世界の色褪せた風景の中で、それだけが鮮やかな色を放っていた。

その柄に、俺が触れた、次の瞬間――

静止していた時間が、再起動した。


ドォオオオオオン!

再びの爆音と衝撃波。しかし、今度は熱波も風圧も、俺たちの場所を通り過ぎるだけで、直接的な被害はなかった。


「あれは…なんだ…?」

俺が発した声は、震えていた。目の前にあるのは、現実ではない。夢か、幻か。

だが、腕の中の木更の温もりと、手の中の刀の冷たい感触だけが、これが今起こっている出来事だと告げていた。


その時、俺の視界が変わった。

色褪せていた世界に、色が戻り始めたのだ。

最初は、手の中の刀。次に、木更の黒い髪の色、そして血の色。やがて、世界の全てが、鮮やかさを取り戻していく。

そして、その色を取り戻した世界の中で、一つだけ異質なものが見えた。


それは、宙に浮く、この世の全ての嫉妬、羨望、侮蔑、嫌悪といった感情を煮詰めたような人影のようなものだった。


その瞬間、頭の中に、誰のものでもない声が響いた。

『これは、世界の崩壊ではない。世界の「選択」である』

『「平等」を望みながら「特別」であろうとした人間よ。お前の望んだ、真の「特別」を掴み取る時が来た。与えられた力を以て、自分の未来を掴み取れ』

声と共に、手の中の刀が熱を帯びる。


それと同時、視界が暗転した。そして、瞼を開くと、この世のものとは思えない光景が広がっていた。空を飛ぶ飛行機よりも大きな翼竜、空に浮かぶ大陸、そして自分と妹の周りに広がる広大な平野…


まるで小説の中の異世界ではないかと内心で叫ぶ。だか、奇しくもその表現は的を射ていた。そう、2人は別世界にいたのだ。


空虚な人生。爪痕一つ残せないと思っていた人生。だが、この瞬間、俺は「特別」になることを許されたと、そんな気がした。

俺は、妹の笑顔を守る、ただ一つの存在になる。


俺は木更の寝顔を見てこう独白する。

「…どうやら、俺の人生は、空虚では終われないらしい」

体内に、刀から流れ込む鮮烈な力が満ちていく。

色彩を取り戻した世界は、残酷なほどに美しかった。


「ひとまずは、何が起こったか情報収集から始めるか。」

そう、苦笑しながら呟く。




―――――――――――――――――――――




元いた世界がどうなったのかは分からない。何が真実かも分からない。しかし、この胸に刻み込んだ木更への愛と木更を守ろうという気持ちだけは本物だと、そう断言できる。俺は妹と2人で、もう1度平和な日常を過ごすために刀の柄を握る。

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Legacy 琥珀 @so1126

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