2話:転生者


 俺は如月きさらぎエイジ。29歳のアラサーでブラック企業に勤めている。


 働き方改革が定着した時代に、終電帰りや休日出勤が当たり前の会社に就職したのが不幸の始まりだ。就職するまで、そんな会社だなんて全然知らなかったんだよ!


 それでも残業代はキッチリ出るから労基ろうきに訴えることもできない。金なんか幾らあっても使う暇がないのに……


 そんな俺にとって唯一の楽しみはゲーム。『ダンションズ&マジック』はオンラインとは無縁の昔ながらのRPGだ。


 街とダンションしかない死と隣合わせの殺伐とした世界観。キャラが直ぐに死ぬし、パーティーが全滅したら結構な確率で死体すら残らずに消滅ロストする。


 消滅ロストしたらデータが消去されて復活は不可能……マジで滅茶苦茶なマゾ仕様だろう!


 そんな『ダンションズ&マジック』に俺がハマった理由は、自分でダンジョンをデザインできるからだ。


 『ダンションズ&マジック』にはエディットツールが付属していて、ダンジョンの構造だけじゃなく、魔物やドロップアイテム、魔法まで自由にデザインできる。


 勿論制限はあって、弱いのに経験値だけ高い魔物や、1レベルから使える強力な魔法やマジックアイテムを作ることはできない。


 魔物は強さによって倒すと獲得できる経験値が自動的に決まる。アイテムは性能によって装備できるレベルと値段が、魔法は習得できるレベルが決まる。


 俺は最強のキャラを育てるために、ギリギリのゲームバランスで攻略が不可能じゃない・・・・・・・超高難易度のダンジョンを作った。


 途中で数えきれないほど何度もキャラが消滅ロストしたけど、俺が作ったダンジョンを最後まで攻略できれば、『ダンションズ&マジック』史上最強のキャラが誕生する!


 全部自己満足なのは解っている。冷静に考えれば、ただでさえ足りない睡眠時間をゲームのために削るのは馬鹿だと思う。それでも唯一の楽しみをやめる気にはならなかった。


 もう何時間プレイしているか憶えていない。睡眠不足で思考が停止しても身体が最適な操作を覚えてる。そしてついに自分が作った最凶さいきょうのダンジョンを攻略した瞬間――視界がブラックアウトした。


※ ※ ※ ※


 気がつくと何もない白い空間にいた。俺は自分が死んだことを自覚する。


「我は戦乱の女神※※※※※。如月きさらぎエイジ、この我に見初められたことを誇りに思え!」


 声とともに、光に包まれた女性が出現する。血のように赤い髪と金色の瞳の物凄い美人で、きらびやかな白銀の鎧をまとっている。だけど獣のような獰猛どうもうな笑みを浮かべていて、良く見ると鎧の所々が赤い血に染まっている。


「ゲームごときで己の命を削る愚かな行為は理解できぬが……貴様の執着心と想像力だけは評価してやろう!」


 もしかしてじゃなくて、俺ってディスられている?


「我の世界に貴様が作ったダンジョンを具現化し、ダンジョンマスターとして転生させてやろう。魔物を使役して人間どもを血の海に沈め、死者の魂を我に供物くもつとして捧げよ!」


 物凄く物騒なことを言っているな。こいつは女神じゃなくて邪神じゃないのか?


「全然意味が解らないんだけど。どうして、そんなことをする必要があるんだ?」


「我は戦乱の女神だと言ったであろう? 我が世界では強者にのみ生きる価値がある。弱者など不要だ! 貴様が作ったダンジョンは脆弱ぜいじゃくな人間にとって、我に力を示すための試練の1つ・・・・・となる。質問は終わりだ。貴様に拒否権はない!」


 何を勝手なことを言っているんだ? 死んだ後までブラック企業の上司みたいな奴に従うつもりはないからな!


「人を殺さないといけないなら、俺は転生なんかしない!」


 オタクの俺は異世界転生に憧れていた。だけど『ダンジョンズ&マジック』で最凶のダンジョンを作ったのは人を殺すためじゃない。


 もっと生きたいという気持ちは正直ある。だけどどうせ異世界に転生したらゲームなんてないだろう。昔読んでいた漫画やラノベ、アニメの続きを見ることもできない。自分の好きなことができないなら、転生しても意味がないからな。


「貴様……我に逆らうだと! それがどういう意味か解っているのか?」


「おまえの言いなりにはならない。俺はこのまま消える方を選ぶ!」


 戦乱の女神がゴミを見るような目で俺を見る。だけどもう死んでいるから、何をされても怖くない。


「貴様が転生することは決定事項だ。だが我に従わぬと言うなら……無力で脆弱な人間に転生させてやる! 虫けらのように地を這って生きるがいい!」」


 突然床が消えたように、どこまでも落ちていくような感覚。俺を人間に転生させる? 無力なのは今までと変わらないし、異世界生活は退屈そうだけど仕方ないか。


 再び意識を失い掛けたとき、別の声が聞こえた。今度は優しそうな声だ。


『同意しない者を強制的に転生させるなど……明確な盟約違反・・・・ですね。他の女神の世界に手を下すことは禁じられていますが、今回は特別です。他者として転生した貴方は全てを忘れてしまう。自分が誰か・・・・・思い出したときに、世界に抗う力を与えましょう』


※ ※ ※ ※


「メイ……全部思い出したよ。俺は戦乱の女神に無理矢理転生させられたんだな!」


 思い出したことで急に恥ずかしくなる。エイジ・マグナスはストイックな感じだったけど、俺って全然そんなキャラじゃないだろう!


「戦乱の女神ってガチ最低ね! これまでエイジ君の魂は、別人の身体に無理矢理入れられていたの。今の身体が本来のエイジ君のモノだから」


 無理してギャルっぽさを出そうとするメイが痛いけど……メイに言われて初めて気づく。戦士の俺はもっと筋肉質な身体で、肌は日焼けしていた。だけど今の俺は……


「メイ、鏡ってないか?」


「スクリーンをミラーモードに切り替えるわ」


 メイが操作をするとスクリーンの一部が鏡のようになって、俺の姿を映し出す。


 エイジ・マグナスは明るい色の髪と青い瞳で、顔つきは如何いかにもファンタジー世界のキャラって感じだった。


 だけど今映っているのは黒髪で黒い瞳、どう見ても日本人って顔……いや、待てよ。これって高校生の頃の如月エイジおれだよな?


 なんで高校生の頃の姿になったのかは解らない。だけど本当に魂だけが別の身体に移ったのか。


 オーガと戦っていたエイジ・マグナスはたぶん死んだ……別人の身体に魂を無理矢理入れられていたって話だけど、本来の身体の持ち主はどうなったんだ?


 俺の魂がこの身体に移ったときに、本来のエイジ・マグナスが目覚めたかも知れない。もしそうだとしたら訳が解らない状況で、次の瞬間には死が訪れたってことか……


 俺のせいじゃないことは解っているけど、罪悪感がハンパなかった。

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