第7話
数週間後、会議室に突きつけられたのは、冷たいデジタル文書だった。
「グローバル・ハル通告書」
赤い警告マークが画面に点滅を繰り返す。
そこに書かれていた条件は、絶望そのものだった。
――中国北東部市場からの全面撤退
――不正AIの使用を認める、及び廃棄
――世界企業連合への服従
つまり――「JUSの死」だ。
「受け入れられるか!」
東洋部長が机を叩き、怒声を放つ。
「こんな屈辱を呑むくらいなら、死んだほうがマシだ!」
会議室が熱に包まれる。
俺の胸も震えた。怒り、憎しみ、そして不思議な誇り。
「確かに欧米企業の横暴だ……ただ、今は従うより他はないのかもしれない」
あれだけ、社員を焚きつけた石川部長が冷静に発言した。
みんな疑問に思ったが、なぜそう言ったのか理解する時間は無かった。
「決断は迫られている」
東洋部長が硬い声で言い、さらに煽り立てた。
「我々の資源が尽きる前に、敵の市場を奪い取れ!」
「JUSはこんなものじゃない、武士道の神髄を見せるときだ!」
阿川部長が血走った目で叫ぶ。
鈴本会長は沈黙したまま、視線を伏せていた。
その柔らかな横顔は、抗戦派には弱腰に見えるであろうものだった。
「こうなったらアメリカ企業と全面対決だ!」
その叫びと同時に、オフィスの天井から紙吹雪ドローンが解き放たれた。
社員たちは歓声を上げ、狂気の祝祭に酔いしれた。
光が俺の横で低くつぶやいた。
「これで未来は、閉じた。この狂気は誰も止められない」
その声はあまりにも小さく、
紙吹雪と喚声にかき消され、誰にも届かなかった。
それは隣にいた俺の耳にすら、届かなかった。
もう、動き出した歯車を止めることはできない。
俺はその狂気の渦中で、麗奈の熱を感じていた。
狂気と陶酔の夜。
俺は麗奈の視線に溶かされ、導かれるように身を寄せた。
それは愛ではなく、誇りでもなく、
ただ燃え上がる炎のような、滅びへの契約だった。
しかし、数週間後の会議室では未だに最終決断しきれず、声のぶつかり合いで揺れていた
JUSも事の重大さに、会社方針を決めあぐねていた。
「本当にこれ以上の中国市場の拡大は危険だ!」
「人材も資金も限界だ! サプライチェーンも追いつかない!」
慎重派の声が重なり合い、机を叩く音が続いた。
その中で石川部長が立ち上がった。
「私は不正AIを推進した。だが、それは理想を広げるためであり
無秩序に事業を膨張させるためではない。これ以上の拡大は理想を壊す。崩壊を呼び込むだけだ!」
しかし、東洋部長が立ち上がり、机に両手を叩きつけた。
「臆病者め! 理想を守るためには拡大こそ必要だ!
人材も資金も、進出して初めて回り始める! ここまで来て引き下がる訳にはいかない!」
慎重派が口々に反論する。
「すでに現場は疲弊している!」
「本当にアメリカを敵に回すことになる!」
だが東洋部長は一歩も引かなかった。
「世界は我々を締め上げている。待てば市場から排除されるだけだ!
ならば進むしかない、理想を掲げて突き進むのだ!社員にもやる気がある奴はたくさんいる!」
その言葉に会議室は重苦しい沈黙に包まれた。
東洋部長はその空気を切り裂くように、山園課長に視線を突き刺した。
「――アメリカ海運サプライチェーンを攻撃して、海運の流通網を断ち切れないか?」
「――初めの数か月はうまくいくでしょう、その後は正直わかりません」
慎重派も、拡大派もどちらにも取れる物言いだった。
会議室は混乱の渦に沈み、誰も冷静な声を保てなくなっていた。
俺は早い段階で、保身と麗奈への欲望で心は決まっていたが
社内には最後まで慎重派が、少なくとも存在はしていたことは事実だった。
そして、数か月にもにも及ぶ社内会議で熟考を重ねた上で、結論に達した。
「――正式に、アメリカ企業に対し、全面的に経済攻撃を加える――」
会議の決定がフロアに伝わると、社内は一気に爆発した。
「ついに外資と正面からぶつかるんだ!」
「我々の力を世界に示す時が来た!」
歓声と拍手が渦巻き、社員たちは肩を組み、机を叩き、叫んでいた。
慎重派はどこにも見当たらなかった。誰もが熱に酔い、現実を忘れた顔をしていた。
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