第13話 勇気という名の才能

 想定外の事態を目の当たりにして、僕とローズは口を開けて立ち尽くす。

 なんでこんなに蟻の魔獣がたくさんいるんだ?

 小型の蟻魔獣――兵蟻ストレインアントが数え切れないほど闊歩している。

 しかも上位種の帝蟻エンペラーアントまで数体確認できる。

 基本的に帝蟻エンペラーアントは自らの軍を率いて行動するので、同種で連携することはないと聞いたことがある。

 だが奴らは完璧な団結力で、自らの軍隊を連携させて三人の冒険者を完全に包囲していた。


「ロ、ロゼさん、あれ……!」


「……?」


 ローズが広場の天井の方を指差して、僕も釣られてそちらに目を移す。

 するとそこには、兵蟻ストレインアントよりも大きな帝蟻エンペラーアントを、さらに上回る大きさの朱色の蟻魔獣が張りついていた。

 僕の脳裏に、一つの噂話がよぎる。


「ク……妃蟻クインアント!?」


 蟻魔獣の最上位種に、妃蟻クインアントという魔獣がいると聞いたことがある。

 兵蟻ストレインアントを統率している帝蟻エンペラーアントと同じく、その帝蟻エンペラーアントを統率しているらしい種の頂点だ。

 その存在は噂でしか聞いたことがなかった。

 まさか本当に実在していたなんて。

 しかもこの森の巣に潜んでいたとは、誰もが想像していなかったことだろう。

 おそらく蟻たちに取り囲まれている冒険者たちも、僕たちと同じく帝蟻エンペラーアントを討伐するためだけにここに来たはずだ。

 しかし想定外にも妃蟻クインアントに遭遇してしまい、現在窮地に陥っている。

 ローズの修行どころではなくなり、僕も歯を食いしばって考えを巡らせた。

 下手をしたら、この場にいる全員が蟻魔獣の餌食になってしまう。

 蟻軍隊の一つくらいなら、僕一人でもなんとかなったけれど、ここまでの大群に囲まれているとなると……


「ぐああぁぁぁ!!!」


 冒険者の一人が帝蟻エンペラーアントの酸液を僅かに浴びてしまい、苦しげな叫び声を洞窟に響かせた。

 考えている暇はないと思った僕は、懐からナイフを取り出す。


「……ローズは通路のところまで下がってて」


「えっ?」


「修行は中断だ。ここはあの人たちを助ける。戦いに巻き込まれるといけないから、ローズは通路のところで静かに待ってて」


「そ、それなら私も……!」


 一緒に戦うと言おうとしたのだろうが、現状を鑑みてかすぐに口を閉ざした。

 賢い子だ。戦況をよく理解している。

 残酷な言い方になってしまうが、ローズが加勢してくれてもあの三人を助けられる可能性はほとんど変わらない。

 最悪、何か不手際を起こして戦況を悪化させてしまうことだって考えられる。

 だから彼女は悔しそうに唇を噛み締めて、続きの言葉を口にしなかったのだ。


「もし僕もやられちゃったら、ローズは気にせず一人でここから脱出するんだ。それともし何かあったらすぐに叫んで」


「は、はい……」


 手短にそう伝えると、僕は三人の冒険者を救うべく蟻軍隊に斬りかかっていった。


「【筋力強化ブースト】、【敏捷強化アクセル】」


 自らに支援魔法を施して、強化された身体能力により手近な兵蟻ストレインアントに肉薄する。

 蟻魔獣はこちらを振り向こうとしたが、それよりも早く僕は刃を突き出した。


「はあっ!」


 柔らかい首元にナイフが突き刺さる。

 それによって事切れた兵蟻ストレインアントは地面に沈み、その姿を尻目に次の一体に斬りかかる。

 そこでようやく冒険者パーティーの一人がこちらに気が付いた。


「す、すまない! 助かる!」


 短いお礼の言葉を受け取りながら、僕はもう一体の兵蟻ストレインアントの首を落とした。

 こうして全力で戦闘するのも、随分と久々のように感じる。

 まだ完全に鈍っているわけではないようで、それなりに理想通りの動きができていた。

 僕は短いナイフ一本で蟻軍勢の包囲を少しずつ崩していき、広場に複数体の死骸を積んでいく。


「だ、誰だあれ……!?」


「わかんねえけど、今はあの人に頼るしかねえ!」


 冒険者パーティーはこちらを見て、驚きつつも戦闘を続けていた。

 これならなんとかあの人たちを逃がしてあげることができるかもしれない。

 もし駆けつけるのが一分でも遅かったと考えると、自然と冷や汗が滲んでくる。

 次第に三人の姿も明瞭になってくると、いよいよ蟻軍隊の包囲が崩れて、僅かな突破口が垣間見えた。

 それを見た瞬間、冒険者パーティーのうちの一人が、ここぞとばかりに走り出す。


「ま、待ってください!」


 何か不穏な気配を感じ取った僕は、咄嗟に止めようとしたが……

 それは一瞬遅かった。


「ギギッ!」


 傍らにいた帝蟻エンペラーアントが、冒険者の気の緩みをつくように飛びかかっていった。

 男性冒険者は完全に油断しており、避けられるような余裕はまるでない。

 咄嗟に僕は、蟻たちの隙間を吹き抜けるように地面を蹴飛ばして、男性の体に飛びついた。

 ドゴッ!

 帝蟻エンペラーアントによる噛みつきはなんとか回避できたけれど、直後に繰り出された巨体による体当たりは、防ぐことができなかった。

 背中を強く打たれた僕は、男性冒険者と一緒に壁まで吹き飛ばされてしまう。

 その時、頭部を激しく強打してしまって、僕は思わず喘ぎ声を漏らした。


「あっ……ぐっ……!」


 痛い。苦しい。というか、これは非常にマズい……!


「わ、悪い! 俺が焦って……」


「い、いえ……」


 僕は男性にかぶりを振りながら、強打した頭を押さえる。

 するとかなりの血が滲んでおり、次第に視界も不明瞭になってきた。

 かなり打ちどころが悪い。頭もなんだかぼんやりとしてきた。

 正直、今の男性の言葉も上手く聞き取れなかったほどである。

 こんな時に最悪だ……!

 やがて立っていることもままならなくなり、僕は力なく地面に崩れてしまった。

 前方から蟻魔獣の大群が迫ってくる光景を見て、僕は強く歯を食いしばる。

 全員がすでに満身創痍になっており、この包囲を抜けることはほぼ絶望的になってしまった。

 まさかローズの成長のために巣に来ただけで、こんな事態に追い込まれるとは思ってもみなかった。

 ……いや、僕にもっと力があれば、こんな事態もトラブルのうちに入らなかったのだろうな。

 内心で毒づきながら、覚束ない足取りで立ち上がろうとすると、目の前の帝蟻エンペラーアントが上体を起こして飛びかかろうとしてきた。


「ロゼさん!」


「――っ!?」


 刹那、蟻魔獣の向こう側から、聞き慣れた少女の声が響いてくる。

 その直後、鈍い音と衝撃が同時に発生して、帝蟻エンペラーアントが地面に転がされた。

 視界に朧気に映るローズを見ながら、彼女が助けに来てくれたのだと理解する。


「ダ、メだ……! ローズ……!」


 早く逃げろと伝えようとする。

 この蟻魔獣の大群の中に突っ込んで来るには、ローズは明らかに実力不足だ。

 今は不意を突いて帝蟻エンペラーアントの一体を食い止めることはできたけれど、蟻魔獣たちの視線がローズに集中してしまった。

 それでもローズは、全身を震えさせながらも、剣を構えて威勢を迸らせる。


「自分に才能がないことは、自分が一番わかっています……!」


「……」


「でもこれ以上、大切な人が傷付けられるのは、絶対に嫌なんです!」


 呪われたお母さんを僕と重ねているのか、帝蟻エンペラーアントに怪我を負わされた僕を見て、ローズは居ても立っても居られなくなったらしい。

 急いで止めるべきだとわかってはいたが、僕は思うように体が動かせず声を出すこともできなかった。

 だから、ローズと帝蟻エンペラーアントが対峙しているのを、見守ることしかできなかった。


「せ……やあっ!」


 ローズは真紅の長髪を靡かせながら、帝蟻エンペラーアントに向かって走り出す。

 今のローズでも充分に倒せる相手、だとは言ったけれど、それは僕の育成師の支援魔法があっての話だ。

 しかも周囲の兵蟻ストレインアントを僕が相手にして、一対一の状況を作ったらの前提である。

 ゆえにローズに勝ち目はなく、僕は彼女を止めようと声を絞り出そうとした。

 だが……


「ギギッ!?」


 帝蟻エンペラーアントの右前足が、関節部から斬り飛ばされた。

 その怒りによって、帝蟻エンペラーアントは下腹部から酸液を飛ばすが、ローズは目覚ましい反応速度でそれを回避する。

 続け様に兵蟻ストレインアントたちが飛びついて来るが、それも力強く剣を振って弾き飛ばす。

 彼女は、血眼になりながら、剣を握り締める手からも血を滴らせて、今までに見せたことがないほどの凄まじい集中力で蟻魔獣たちと渡り合っていた。


「…………すごい」


 知らずのうちに、僕の口からそんな声がこぼれ出る。

 とても高いとは言えない恩恵値で、凄まじい能力が宿っているわけではない天職で……

 どうしてこんな戦いができるのだろうか?

 まさか、命が懸かった崖っぷちの現状が、ローズに限界を超えた力を発揮させているのか。


「は……ああぁぁぁぁぁ!!!」


 ついにローズの剣が、帝蟻エンペラーアントの首元を捉える。

 全力で振り抜かれた刃は、蟻魔獣の首を鋭く斬り裂き、頭部を宙に吹き飛ばした。

 ドッと鈍い音と共に、帝蟻エンペラーアントの首が地面に落ちると、周囲の魔獣たちがたじろぐように足を引く。

 よもやたった一人で倒してしまうなんて、僕も想像だにしていなかった。

 僕はローズの力を見誤っていたのかもしれない。

 いや、もしかしたら、生死を分かつ極限の状況下と、誰かを守りたいと思う強い気持ちによって、彼女は一時的に“天啓を超える力”を発揮したのかもしれない。

 …………その健闘を、神様が称えてくれたのだろうか。

 驚愕しながら彼女の勇姿を見つめていると、その直後、さらに目を見開く事象が発生する。

 突然、ローズの体が“光り輝いた”。


「えっ……?」


 まさに帝蟻エンペラーアントが絶命して、莫大な神素が送られてきただろうその瞬間。

 ローズの全身が、まるで爆ぜるようにして白い光を放ち始めた。


「ロー……ズ?」


「……」


 それを見ている冒険者たちも、周りに残っている蟻魔獣の残党たちも、ローズ自身すらその変化に戸惑っていた。

 やがてローズが放つ光は強さを増していき、僕たちの視界を真っ白に染め上げる。

 思わず両手で目を覆い、ゆっくりと開けてみると、ローズの体からは光が消えていた。


「な、なんだよ、今の……?」


 その場にいる全員が困惑する中、ローズを見ていた蟻魔獣たちが、突如としてざわつき始める。


「ギギッ……!」


「ギ……ギギギッ……!」


 すると連中を指揮していた妃蟻クインアントが、突然魔獣たちを叱咤激励するように耳障りな鳴き声を響かせた。


「ギギィィィーーーー!」


 その声に思わず耳を塞いでいると……

 驚くことに、蟻魔獣たちが奮い立つように体を震わせて、獰猛さを増して一斉にこちらに襲いかかって来た。


「お、おい! これまずいんじゃねえか!?」


「あいつらさらに凶暴になりやがった!」


 ローズの異変を目の当たりにして、兵隊蟻たちがだらしなく戸惑ったせいか、妃蟻クインアントは激しい怒りを感じたらしい。

 今の鳴き声は一斉攻撃の指示だったようで、蟻魔獣たちは即座に僕たちに飛びついて来た。

 絶望的な光景を目の当たりにして、僕たちはただ立ち尽くす。

 刹那――


「えっ……?」


 赤い影が、唐突に視界を横切った。

 その正体を知るよりも先に、目の前にいた兵蟻ストレインアントの首が、『ボトッ』と地面に落ちる。


 影を追って視線を動かすと、そこには剣を振り抜いているローズがいた。

 彼女が持つ剣の刀身には、蟻魔獣のものと思われる血が生々しく滴っている。

 何が起きたのかわからずに放心していると、ローズは地面を蹴って再び赤い影と化した。

 密集している蟻魔獣たちの間を、まるで縫うようにして一瞬で駆け抜けていく。

 瞬間――


「ギギギィィィィィ!!!」


 奴らが鮮血を迸らせて悲鳴を上げた。

 ローズは通り過ぎ様に敵を斬りつけているらしく、彼女が通った道に導のように真紅の精血が舞い散る。

 まるで、美しい“赤い花”が、そこら中で咲き乱れていくような光景だと思った。

 気が付けば、すべての兵隊蟻が地に伏していた。

 その光景を前に呆気にとられていると、ローズが空中へ飛び出していくのが目に映る。

 彼女は天井にいる最後の敵――妃蟻クインアントを目掛けて飛翔して、右手の剣を全力で振りかぶった。


「はあっ!」


「ギッ!?」


 一閃。

 妃蟻クインアントの体と首が分断されて、鈍い音を立てて地に落ちた。

 遅れてローズが地上に下りて来ると、先ほどまでの喧騒が嘘のように、この場が静寂で満たされる。

 圧巻の光景を目の当たりにした冒険者たちは、何が起きたのか理解できておらず、呆けた顔でローズのことを見つめていた。


「い、いったい、何が起きたんだよ……?」


「あの子が、たった一人で片付けちまった……」


「な、何者なんだ、あの子……?」


 同じくローズ自身も、自分に起きた変化に戸惑っていて、怪訝な顔をしながらこちらを振り向く。


「ロ、ロゼさん……。私、何か変です。体から、力が溢れて……」


 自分が蟻魔獣たちを一掃したという事実も、いまだに受け入れられていない様子。

 しかし僕だけは、彼女の身に起きた確かな変化に気が付いて、我知らず笑みをこぼしていた。


「……ははっ。なんだ、そういうことだったのか」


 僕の“目”には、確かに映っている。

 先ほどの光の正体が。

 蟻の魔獣たちを一瞬にして斬り伏せることができた理由が。

 ローズが他の人よりも成長しづらかったその原因が。

 なぜ“見習い戦士”なんていう、不思議な名前の天職だったのか。

 当初の予定とは大きくズレてしまったが、結果的にローズは自分の力のみで強敵を倒して、僕の役目は完全に終了となった。

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