第4話 欲望の伝染



「先生、助けて!」


診療所に美咲が駆け込んできた。第1話で完璧な美貌を手に入れ、顔面キメラになったはずの女。


だが今の彼女は、なぜか元の美しい姿を保っていた。


「あら、まだ人間の形してるのね」


クロエが興味深そうに観察する。


「違うんです!私じゃなくて…私のフォロワーが…!」


美咲がスマホを見せた。


インスタグラム。フォロワー数:89万人。


最新投稿は自撮り写真。いいね!は既に12万を超えている。


「見てください、コメント欄を」


『顔が…顔が剥がれてきた』

『助けて、美咲さんみたいになりたかっただけなのに』

『目が、目が増えてる』


クロエがタブレットで追跡する。


いいね!を押した12万人全員が、顔面の変異を起こしていた。


「面白い。欲望がデジタル感染したのね」


その瞬間、診療所のモニターが一斉に点灯した。


街中の監視カメラ映像。


渋谷スクランブル交差点。若い女性たちの顔が次々と変形していく。美咲と同じ顔に。いや、美咲が「なりたかった顔」に。


「私の欲望が…ウイルスになってる…」


美咲が震え声で言う。


クロエは笑った。初めて声を出して笑った。


「素晴らしい!これこそ私が求めていた進化!」


だが事態は、クロエの想像を超えていた。


TikTokで、誰かが変異の瞬間を生配信した。


『#欲望チャレンジ』


視聴者1000万人。


全員が、画面越しに感染した。


テレビ局が緊急ニュースを流す。だがキャスターの顔も、カメラを見た瞬間に歪み始めた。


「欲望は電波に乗る」


クロエが呟いた。


1時間後。


東京全体が欲望モンスターの巣窟と化した。


身長3メートルの巨人たち。

全身が黄金になった人々。

脳が頭蓋骨を突き破った群衆。

そして、無数の美咲の顔を持つ女たち。


街は欲望の地獄絵図となった。


診療所だけが、不思議と無事だった。


「先生、止めて!お願い!」


美咲が泣き叫ぶ。


「止める?なぜ?」


クロエは窓の外を見ながら微笑んだ。


「これが人間の本当の姿よ。欲望に支配された、醜い生き物」


その時、クロエのスマホが鳴った。


通知:『田中診療所からフォローされました』


画面には、透明な男の姿。第3話で消えた、あの男。


メッセージが一つ。


『先生の実験、いただきました。今度は世界規模でやりましょう』


クロエの顔が初めて青ざめた。


「まさか…」


世界中のSNSに、同時に投稿が流れた。


透明な男の自撮り。


キャプション:『あなたの欲望、解放します』


いいね!ボタンが、赤く脈打っている。


押した瞬間、何が起きるのか。


クロエは震える指で、画面を見つめた。


美咲が囁く。


「先生も…押したいでしょう?」


診療所の外では、欲望モンスターたちが互いを貪り合っている。


そして世界中の人々が、スマホの画面を見つめていた。


赤く光る、いいね!ボタンを。


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