第三章 復活の魔女ドロシー・クラッターバック

第33話 お前は俺のもの。俺はもちろん俺のもの。

 いつもドクがAGアサルト・ギアを弄っていた、倉庫を改造した格納庫には、今は誰もいない。

 かろうじて形になっているAGらしきパーツの寄せ集めが静かに佇んでいるだけだ。


 その格納庫に併設されている、おそらくかつては事務所として使われていたのだろう部屋に、バレットはいた。

 他にスラム・ラビッシュタウンの顔役であるグレン、バレットの舎弟となったデイヴ、それと酒場の店主のフール翁がいた。


「すまねえ……。ドクのことは気にしていたつもりだったんだが……。

 いつも通り昼過ぎに様子を見に来たら倉庫はもぬけの殻で、その眼鏡だけが落ちてやがったんだ……」


 バレットはテーブルに置かれた瓶底メガネを見る。

 特にキズがあるようには見えない。何かがあって外れて落ちたというよりは、普通に外して床に置いただけ、ではないかと思われる。

 もしそうだとしたら、そんなことをしたのはドク本人しか考えられない。


「……ドクは自分の意思でここを出ていった、のかもしれねえ」


「マジか? じゃあ、別に誰かに拐われたとかそういう話じゃねえってことか?」


 グレンが期待するように言う。

 元々、スラムであるラビッシュタウンでは、人が増えたり消えたりするのは日常茶飯事だ。いちいちそんなことを気にする人間はいない。

 しかしドクは明らかにバレットの庇護下にあり、現在の環境に不満を持っているようには見えなかった。

 メガネだけが置き去りにされていたことからも、自分の意思で出ていったわけではない、つまり拐われたのでは、とグレンは考えていたのだ。

 帰還したバレットを謝罪で出迎えたのもそういう理由だった。


「あるいは、そうせざるを得ない状況になった、のかもしれんがのう」


「ど、どういうことだ、フール爺さん」


「うむ。そのメガネだがのう。前から気にはなっておったのだ。どっかで見たような、いや、それはまあええが。

 聞いた話では、ドクは12歳でちゃんとマナ・マシンを接種しておるという。であれば、多少視力に難があってもマナ・マシンが綺麗に直しちまうはずだ。ということは、このメガネは視力の矯正のためではない。

 このメガネだがの、実は変声機能や髪の色を変える機能、さらに体型まで変える機能が仕込まれておる、いわゆる変装用の特殊なアイテムだ。

 そんなモンを付けてまでスラムで過ごしていたのに、ある日突然姿を消した。

 おそらくドクは、何者かに追われておったのだろう。そしてその何者かが、3年越しにドクを見つけてここへ現れた。もはや逃げられぬと観念したドクは、せめてものメッセージにと、メガネを置いてここを出た……」


「なるほどな……」


 少しばかり物語性が強すぎる気もするが、可能性としては有り得ないではない。

 というより、バレット自身にこの説を後押しするだけの心当たりがあった。


「ドクが家出したっつう、『クラッターバック家』の追手か」


 バレットはドクを初めて見た時、当然の権利のように【鑑定】もしていた。

 そこに表示されていた名は「ドロシー・クラッターバック」。

 当時は「名前と苗字の頭をもじってドクにしたんだろう」くらいにしか思っていなかったが、あの時ドクはメカニックになりたかったから家出をしたとか言っていた。

 順当に考えれば、追ってきたのは家の人間だろう。


「クラッターバック……? なんで知ってんだバレット」


【鑑定】で見た、と言うわけにもいかない。


「ドクに聞いたことがある」


 なので平然と嘘をいておいた。


「ふうん。

 しかしクラッターバックか。聞かねえ名だな。少なくともWizUの貴族で、ラビッシュタウンにちょっかい出そうなんて考えるくらいデカい家にはそんな名のところはねえ」


 グレンは眉をひそめた。

 彼はかつて軍で働いていた経験がある。

 その頃の経験から、また現在もこのラビッシュタウンの顔役として注意しておくべきという事情から、WizUの主だった貴族家の名前は網羅しているらしい。


 確かに、かつては上流家庭にいたバレットもそんな名前の貴族家は聞いたことがない。もし知っている貴族なら【鑑定】した時点で気にかけていたはずだ。


「クラッターバック……? はて、どこかで聞いた、いや見たような……」


 一方でフール翁には覚えがあるらしい。

 バレットとグレン、それから話に付いて来られていないデイヴが、額に手を当てるフール翁を見守る。


「クラッターバック……クラッターバック……。そうだ、思い出したぞ!」


「マジか爺さん! どこで聞いたんだ!」


 掴みかからんばかりの勢いでグレンが問いただすが、フール翁はグレンの手をひらりと躱し、神妙な顔で答えた。


「うむ。どこで聞いたかは言えんが、どこの貴族かは思い出したぞい。魔道帝国だ。魔道帝国セプテントリオン。かの国の遺伝子工学の研究機関『ウイッカ』に、確かそんな名の貴族が関わっとった!」


 なるほど、国外の貴族であればバレットやグレンが知らないのも無理はない。

 魔道帝国セプテントリオンと言えば、大崩壊での被害が少なかったことと、島国であること、また後にWizUとしてまとまる国家群とは技術体系が異なっていたことから、今もなお独立を維持している国である。


 しかし、遺伝子工学と来たか。その主導的メンバーの家となると、そこに強制的に連れ戻されたドクがどうなるか。

 あまり楽しい想像はできない。


 そもそも、ドク自身、その家を飛び出して来ているのだ。

 メカニックになりたかったからというのが本当だったのかどうかはともかくとして、少なくとも好ましい家庭でなかったのは間違いない。


「セプテントリオンか! 遠いな! 海の向こうだぜ!」


 ようやく知っている単語が出てきたからか、デイヴが元気よく発言した。

 知っていると言っても、その言葉も数日前にバレットが教えたばかりだ。クリルタイ王国について解説するついでに、現代の主要な国家についてもレクチャーしたのである。


「ドクはそんなところから家出してきたってのか? たしか12の頃だろ? そんな子どもが海を越えて内陸のラビッシュタウンまで逃げ延びたってのはちいっと考えづらいが……」


 グレンの言うことももっともである。

 バレットがドクを見つけた時、衰弱した状態でスラムの廃屋の隙間に挟まっていた。

 それでいて、さほど汚れているようには見えなかった。

 とても海を越えた長旅をしてきたとは思えない。


「ふうむ……。ドクとバレットは今15だったか? するとドクがラビッシュタウンにやってきたのは3年前か……。クラッターバック家……。3年前……。むむむ……。そうなると、あの時か……なるほど、有り得ん話ではないのう……」


 フール翁には心当たりがあるらしい。

 しかし先ほども「どこで聞いたかは言えんが」と言っていたし、無理に聞いて答えてくれるかはわからない。


 それに、重要なのはそこではない。


「ドクがどうやってここまで来たのかは確かに気になるが、今はどうでもいい。

 それより、俺がどうするべきかの方が重要だ」


 グレン、デイヴ、フール翁がバレットを見つめる。


「ドクは俺のメカニックだ。あいつがそうなりたいと言って、俺が認めた。これはあいつの命を救ったことへの対価でもある。

 それに、ドクもクラッターバック家から自分の意思で逃げてきたんだ。たとえ今回ドクが自ら戻ったのだとしても、それが本心だったとは思えねえ。

 だったら、ドクは今でも俺のメカニックだ。俺のメカニックは俺のものだ。クラッターバックだかなんだか知らんが、俺のものは俺のもとへ取り返す」


「もちろん俺はアニキについてくぜ! 新生リトルピッグの初仕事だ!」


「なんだよ新生リトルピッグって。もしかしてそのかしらが俺だっつうんじゃねえだろうな。だとしたら勝手に名前決めるんじゃねえ」


「俺も付き合おう。

 おっとその前に、ヴァッサンスタッドの件の報酬がまだだったな。

 俺に差し出せるものは何でも差し出すと言ったが、改めてそいつを宣言させてもらう。

 俺はお前の下につくぜ、バレット。これから俺と俺の配下の野郎ども、それに闇市やスラムの各種権益はお前のモンだ」


「儂もついていくぞい。

 ドクにゃあ、そこの大豚クソ野郎から酒代を回収したときのバイト代をまだ払っとらんかったからの。それにお前さんにも恩がある。

 酒場の権利をやるわけにゃあいかんが、それ以外で儂にできることなら何でも手を貸すぞい。こう見えて、料理とメカ弄りの腕はちょっとしたもんでな。昔取った杵柄っちゅうやつだ。わはは!」





 ★ ★ ★


ドロシー・クラッターバックというのかい? 贅沢な名だね。

今からお前の名前はドクだ。いいかい、ドクだよ。分かったら返事をするんだ、ドク!

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