第2話 ゆるめのポストアポカリプス世界略してゆるポポ

 少年が住んでいた大都市エルドゥールのすぐ側に広がるスラム街は、国内でも最大の規模を誇っている。

 口さがない一部の者たちからは『ラビッシュタウンゴミ溜めの街』などと呼ばれていたが、いつしかその名はそこに住む者たちにとっても、社会からゴミと見なされた自分たちを象徴するものとして、重要な意味を持つようになっていった。


 一見すると上流階級の格好をしたただの子どもであるこの少年は、ラビッシュタウンに住むならず者たちにとって格好の餌だった。

 ただの子どもであればならず者としてもそもそも襲うメリットがない。それ故見逃されることもある。

 しかし彼は別だった。

 居場所を悟られることを嫌って、高価な個人用デバイスこそ屋敷の部屋に置き去りにしてきたが、彼が着ている服だけでも子ども一人を襲った戦果としては十分すぎる価値がある。

 そう考えた短慮なならず者たちが、かわるがわる彼に襲いかかってきた。

 行儀よく順番に来たことから察するに、ならず者たちの中で何かしらの協定のようなものでもあったのかもしれない。


 幸か不幸か【超頑健】の性能は素晴らしく、暴力が支配するスラムは上流社会よりも少年の肌に合っていた。

 なにせ相手が何をしようと彼にダメージを与えることができないのだ。


 さらに、毒も効かないし、いくら腐っていてもカビていても、消化さえできるのなら食べて飢えを凌ぐことができる。病原菌まみれの生きたネズミでさえご馳走だ。


 確かに、少年には力がなかった。

 故に、彼が着ていた服や持っていた小物など、金に変えられそうなものはすべて奪われた。下着もだ。

 しかし、それ以上のものを少年から奪うことは誰一人としてできなかった。

 そして、身ぐるみを剥がされた少年が、それ以上何かを失うこともなかった。


 常に『超健康』な状態になる少年は、どれだけ寒くともどれだけ暑くとも、どれだけ飢えてもどれだけ乾いても、体調が悪くなることはなかった。

 当然、どれだけ寝ずともコンディションは変わらない。


 本来、眠らずに活動し続けられる人間などいない。それはスラムの人間も同じだ。いや、栄養状態が良くないスラム住民ならば、体力温存のためにむしろ長く睡眠時間を取るべきだ。


 そんな健康的に眠るスラムのならず者たちを、少年は襲撃した。

 奪われたものを奪い返すために。


 奪還作戦のはじめの頃、少年はならず者たちへのダメージは最低限にしていた。

 眠っているならず者の腕を折るとか、足を折るとか、肋骨を折るとか、その程度だ。

 決して命を奪うほどのものではなかった。

 しかししばらくすると、少年は敵対した相手の命を確実に奪うようになった。


 その理由はみっつある。


 ひとつめの理由は、腕を折っただけのならず者に報復されたこと。

 もちろん報復によって少年が怪我を負うようなことはなかったが、奪い返した衣服は再び奪われることになった。

 スラムのならず者たちは、慈悲や情けなど決して理解しない。

 少年はそれを学んだ。


 ふたつめの理由は、足や肋骨を折っただけのならず者が、翌朝冷たくなっていたこと。

 腕を折っただけならば、うまく立ち回ればそれまで通りの生活を送ることもできるかもしれない。

 しかし足や肋骨を折られてしまうと、日常生活を送る難易度は飛躍的に高くなる。

 それまで通りの生活、つまりは暴力に根ざした野蛮な生活を送ることができなくなったならず者は、今度は弱者として、同類のならず者や、それまで虐げていた弱者から奪われる側になったのだ。

 しかし少年に戦利品を奪い返された落伍者からさらに奪える物など、それこそ衣服か命くらいしかなかった。

 その結果、彼らはふた通りの理由で冷たくなることになってしまったというわけだ。


 そして、みっつめの理由。

 心情的にはともかく、結果的にはこの理由が一番大きかったと言える。

 少年が初めてならず者の命を奪った時──少年のレベルが上がったのである。

 スラムの住民やならず者たちを【鑑定】で見た限り、表示されるのは名前と性別、年齢くらいで、誰にも『レベル』や『スキル』の表示はなかった。この世界には、そもそもレベルやスキルといった概念がないらしい。

 一方で、最初からスキルやMPを持って生まれてきたからか、少年にはレベルの概念があった。

 レベルを持たないならず者を返り討ちにするだけで、彼のレベルはぐんぐん上がっていったのだ。

 どうやらこの世界は、レベルを持たないからと言ってレベル0とは限らないルールであるようだ。

 前述のふたつの理由がある以上、少年がならず者たちの命を助ける意味はもはや無かった。


 レベルが上がった少年は、ならず者たちの睡眠中を狙わずとも、彼らを倒すことができるようになった。

 倒すことができれば、少年のレベルはさらに上がる。

 この好循環によって、少年は奪われたものをすべて奪い返すことに成功し、さらに、二度とならず者などに奪われることがないほどの自衛の力も手に入れた。


 そして少年の周りからは徐々にならず者の数が減っていき、一月も経つ頃には、もはやラビッシュタウンにはこのたった12歳の少年にちょっかいをかけるものはいなくなっていた。


(【超頑健】のせいで全てを失った、が……。その結果、今【超頑健】のおかげで生き延びてるってわけだ。デバイスも屋敷に置いてきたから、【鑑定】も役に立ってるしな。

 まあ【スキル強奪】だけは今も全く無意味だし、多分これからも役には立たねえんだろうけど)


 レベルアップのおかげでMPにも余裕ができ、【鑑定】を名札代わりに普段使い出来るようになっている。

 そうなって初めてわかったことだが、スキルには熟練度のようなものはないらしい。あるいは、あったとしてもマスクデータなのか。

 いずれにしろ、よく使うようになった【鑑定】に特に変化は現れていない。


 ともかく、少年はようやく自由にこのラビッシュタウンを歩き回れるようになった。ようやくというか、普通は12歳の少年がスラムを闊歩すること自体異常極まることなのだが。



 ◇ ◇ ◇



 国内有数の大都市の隣にこのような大規模スラム街の存在が許され、この少年のような貴族の子どもが入り込むことができていることには、この街特有の理由があった。


 エルドゥールとスラムの歴史は、実に数百年前まで遡る。


 人類はこれまで、幾度もの『革命』を経験してきた。

 そのうち、人々の生活を大きく変えたいくつかの革命には『産業革命』という名が付けられることとなった。

 人類史上、五度目の産業革命の時。それまでの産業革命と同様に、爆発的な人口増加が起きた。

 飛躍的な農業生産力の向上は、人口を増やし、また人々から仕事を奪った。それまで3人でやっていた農作業が1人でもできるようになれば、当たり前だが2人は余ってしまう。生産力が上がる、つまり効率が良くなるとはそういうことだ。


 農村での仕事を失った人々は、都市を目指した。

 人口の増加により、その分の需要は社会全体でも高まっていた。それに伴い、都市部でも働き口は増えてはいた。

 しかし農村から仕事を求めてやってくる人々全てを受け入れることはできない。


 当時のエルドゥールでもそれは同様だった。

 しかし、上京してきた人々を受け入れきれないことを察した王国政府は、都市外壁の外側に急ピッチで新たに街を作ることを決定した。

 都市の需要と、やってきた人々の働き口を同時に満足させるための生産拠点が次々と建てられていった。

 同時にそこで働く人々の宿舎も建てられることとなった。

 しかしあまりに急いだために、都市計画もなく、稚拙な突貫工事で工場や家屋が建てられることとなる。

 インフラ整備もおざなりで、建物と建物の距離が異常に近いところもあり、過密で不衛生な居住空間が次々と生まれていった。


 確かに、集まった全ての人々を受け入れることはできた。

 が、あくまで一時的なものでしかなかった。

 エルドゥール外壁外に広がった新市街の衛生環境は、工場から垂れ流される産業廃棄物と整備不十分な上下水道などにより、悪化の一途を辿った。

 新市街の住民は次々に病気になり、死んでいき、人の死が軽くなったことで治安も急激に悪化した。

 治安の悪化は壁の内と外との間に凄まじい格差を生み、格差は差別を生んだ。そして差別は新市街住民への迫害と弾圧を生み、やがて新市街の全ては急速にスラム化していくこととなった。


 その後、長い時を経て六度目の産業革命が起き、産業廃棄物の問題には解決の目処が立った。


 そしてさらに長い時が過ぎ、人類はついに第七次産業革命を迎えた。

 これにより人類の多くは病から解放されることとなったが、スラムが消えてなくなることはなかった。


 第七次産業革命は、輸送技術や通信技術、医療技術、そして軍事技術など、多岐にわたる分野に飛躍的な発展を齎し、世界はそれまでよりさらに“狭く”なっていった。


 様々な国家が裕福になったことで、国際的な連盟や条約機構などから脱退する国が続出した。他国の庇護を受けずとも自国だけでやっていけると考えてしまったのだろう。

 正常な判断とは到底言えないが、彼らからその判断力が失われたのは、民主化改革が先進国だけでなく色々な国で起きた影響ではないか、と分析している研究者もいる。


 もちろんかねてより先進国だった国々はそのような短絡的な行動は起こさなかった。

 しかし国力はともかく絶対数としては、国際的な枠組みから脱退した国の方が圧倒的に多かった。

 多くの連盟や機構は、経済力や軍事力、人口などその国の力にかかわらず、議決の際には一国につき一票の投票権を持つと定めていたこともあり、加入国数が減った国際機関はいずれも世界情勢に対する発言力を大いに落とすこととなった。


 そうして多くの国が国際的な条約を無視して行動し始めると、世界各地で紛争が頻発するようになる。

 第七次産業革命によって向上した軍事力は、小競り合いを紛争に、紛争を戦争に変え、戦争はあっという間に世界大戦へとその炎を拡大させていった。


 一部の先進国はこの流れをどうにか押し留めようと力を尽くしたが、多勢に無勢と言おうか、いかに国力に差があるといっても数の暴力には勝てず、戦乱から自国を守るだけで精一杯であった。


 そして日を追うごとに加熱する戦闘は、ついに越えてはいけない一線を越えることとなる。


 劣勢に追い込まれた国々が、それぞれの戦線で大量破壊兵器を投入しはじめたのだ。


 第七次産業革命の力によって生まれたこの大量破壊兵器は、時期を同じくして世界各地で複数使われることで、驚くほど効率的に文明を破壊し、自然を荒廃させ、人口を減らした。

 理論だけは知られていたものの、実際に使われたことがなかったため、による複数の大量破壊兵器のもたらす相乗効果は、誰にとっても想定外であった。

 これは先進国にとっても同じで、いかに防備を固めていようとも、その合理的破壊の前では無力だった。


 一部の国がこの手の兵器を宇宙ステーションにも配備していたため、この影響は宇宙にまで波及した。各国が打ち上げていた各種人工衛星や宇宙ステーションなども、連鎖的に軒並み破壊されることとなった。

 当然、人工衛星や宇宙ステーションが中継していた衛星無線通信網は完全に破壊されることとなり、また地上の破壊に有線の通信網も耐えられるはずもなく、人類の発展を大いに支えた基幹技術のひとつが失われた。


 この歴史的な破壊、『大崩壊』によって戦争どころではなくなった各国は、いずれの国ももはや単独では立っていられないほどのダメージを受けていた。

 それぞれ近隣にあるいくつかの国々は合併を繰り返し、一部を除いたほとんどの国は、各地域ごとに巨大な統一国家へまとまっていくことになる。


 それがウィザーズ連合国(通称:WizU)、クリルタイ王国、バラモン僧国、クローヴィス共和国、ハウイソンズ=プールト連邦、スンダーランドである。

 大破壊の影響が軽微で済んだ一部の国家には、統一国家に合流せずに独自の路線を進んだところもある。

 その代表的なものに極東の島国である神道皇国ヤマタイト、極西の島国である魔道帝国セプテントリオンがある。

 しかしあくまでこれは例外だ。

 ほとんどの国は前述の6つの統一国家のいずれかに身を寄せることになった。


 エルドゥール王国もこの流れには逆らえず、近隣一帯の諸国とともにウィザーズ連合国へと合併されていくこととなった。

 第七次産業革命で開発された画期的な新技術はおおよそ地域ごとにその基幹技術が異なっており、エルドゥール王国の技術体系がウィザーズ連合国と同じ系統だったことが大きい。

 このように、大崩壊後は統一国家ごとに独自の技術が磨かれていくことになる。


 そして大崩壊をも生き延びたエルドゥールの外壁と、その周りに広がるスラム街は、もはや連合国内でも伝説に近い存在となっていた。

 これを知った国内の貧困層は、歴史的なスラム街なら生活していけるかもしれないと、皆こぞってエルドゥールを目指した。

 エルドゥール、正確にはその隣のスラム街は瞬く間に国内最大規模となり、連合国政府でも容易に手出しができない存在にまで成長してしまった。

 特に隣のエルドゥールとの関係は非常にデリケートであり、それもあってエルドゥールには特別に政府直轄の軍事組織である治安維持局が駐留することになっている。


 少年も12歳までは上流階級のさらに上澄みで生活していたため、こうしたことは教育の一貫として学んでいた。

 国内最大のスラム街、ラビッシュタウンのことを知ったのもその授業である。


 あらゆる勢力から腫れ物のように扱われるラビッシュタウンであれば、貴族の子どもがひとり紛れこんだところで追手がかかることはないはず。

 大々的に捜索チームを入れてしまえばタウンから強硬な反発を受けるだろうし、貴族──為政者としてそんな手段が取れるはずはない。

 跡取りという意味なら優秀な妹もいる。


 なんたらマシンの接種もしていない不出来な長男のことなど、きっとすぐに忘れてくれるだろう。

 それは少年の絶望に端を発した、希望的観測だった。





 ★ ★ ★


 ・・・おや!? 倫理観の ようすが・・・!


 経験値のために人の命を奪ってもいいのか、という葛藤は、皆さんであれば親の顔より見てると思いますのでカットです。葛藤だけに。もっと親の葛藤見ろ。とくに主人公は。



 この惑星は地球ではないですが、地球に似た大陸の構成をしてます。

 というわけでわかりやすく言いますと、ウィザーズ連合国はユーラシア大陸の西半分(EUプラスアルファ、ブリテン島は除く)、クリルタイ王国は東半分(ロシア・モンゴル・中国)、バラモン僧国はユーラシア大陸東南部(インド、中国の一部から台湾、東南アジア)、クローヴィス共和国はアメリカ南北大陸全土、ハウイソンズ=プールト連邦はアフリカ大陸全土、そしてスンダーランドはオーストラリア、ニューギニア、ニュージーランド、ソロモン諸島あたりです。

 あと極東の島国と極西の島国というのはそれぞれ日本列島とブリテン島です。


 ですので、ウィザーズ連合国はEU(欧州連合:European Union)に倣って「Wizards Union」略してWizU(ウィズ・ユー)となります。

 見つめていたくなる名前ですね。


※ユーラシア大陸の東西が逆になっているというご指摘をいただいたので修正しました。

黄金の経験値なろう版からの読者様はご存知かと思いますが、作者には若干左右盲のケがありまして、しかも北を上にした場合の左右で東西の方角を考えていますので、1/2の確率で西と東を間違えます。

もしそういう場面を発見しましたらご指摘いただければ幸いです。


※主人公名登場前なのに名前が出てたとのご指摘をいただいたので修正しました。

最初はプロローグ的な話があって、そこでは名前が出てたので、その頃の名残り……といえば聞こえはいいですが、要は修正漏れです。申し訳ありませんでした。

もうないと思いますが(フラグ)、もし見つけましたらご指摘いただければ幸いです。

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