移民推進代議士先生の末路

マゼンタ_テキストハック

偽善者の祈り

 空は、カジノのけばけばしいネオンサインによって、決して本当の夜を知らない。その光も届かぬ路地裏は、まるで別の世界の闇を凝縮したかのように深く、淀んでいた。私は鼻をつく得体の知れない香辛料と、汚水の匂いに耐えながら、古びたビルの鉄扉の前に立っていた。

 『なんでも屋』はこの奥にいる。

 意を決して扉を叩いた。鈍い音がした。

「そのまま静かに」

 背後から声をかけられた。機械音声だろう。

「用件は?」

 背中に何かを突きつけられている。まさか、指ではあるまい。

「……娘を誘拐された」

「有名な代議士先生の娘さんが誘拐された。報道はされていないようですが」

「証拠をみせたい。背広の内ポケットに入っているんだが……」

「――どうぞ」

 私は薄型ディスプレイを一枚とりだした。そこに、拘束された娘の姿が映っている。

「お母さん似ですかね。小学生ですか?」

「七歳だ」

「誘拐犯は……マフィアのようですが」

「ふっ、それはフェイクだ」

 娘の背景に、見る人が見ればわかるロゴがある。それは、隣国で名を馳せたあるマフィアを意味する。

「わざわざ、犯人が名乗る意味はない」と私は考えていた。

「ということは、マフィアを名乗る人物、あるいは団体ということですね」

「おそらく移民運動に反対する組織だろう。私への誹謗中傷、そして脅迫などの行為は、たいてい、移民反対の思想をもっている」


 私は移民であろうがなんだろうが、人としての人権を守るべきだと主張していた。それが、多様性社会を誕生させることになるのかもしれないが、移民と多様性は、別の問題だ。

「これは、過激な反移民運動の一環に違いない。移民を受け入れた私が、移民に娘を誘拐されたら、民衆は移民を受け入れる政策が失敗だったと認識するだろう」

「なるほど」と背後の人物が言った。「あなたの掲げた政策なり、あなたが所属する党の方針が、日本にマフィアを呼び寄せたのではないですか?」

「馬鹿を言うな。言い方は悪いがね、移民も選別している。それとも国境はザルだと言いたいのか? それに、海を泳いで渡ってくるマフィアなどおらんよ」

 移民には、もちろん審査がある。マフィアなど門前払いだ。不法移民もいるかもしれないが、日本は海に囲まれているため、侵入は容易ではない。テロ対策と相まって、航空機や船舶の警備は、万全すぎるほどに万全だ。


 気配を感じた。

 しかし、首をひねると殺されそうな気がした。左右に人が立っていた。目の前は鉄の扉、後ろと左右は、人に囲まれている。


 左の人物が中国語を話した。それはすぐにAIで翻訳された。

「海を泳いでくるマフィアもいますよ」


 私は、鉄の扉の奥に、娘がいることを確信した。

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