「すみませ~ん」

 間の抜けた口調で、しかし走ったのか急いで来たようで息を弾ませて、続けて女のコが入室してきた。

 最初に顔を合わせたコは影が薄いといった印象だからか覚えがなかったけれども、今やってきた彼女は記憶にある。オーディションの参加メンバーだ。背は女性としては高めで、髪はロングの、モデルでもやっていけそうな美人である。とはいえ、このコも、可愛いのは間違いないが、ものすごくというほどではない。

「よかったー。セーフっすよねー。あ、セーフですよね?」

 彼女は間近にいる青山さんに尋ねた。

「チッ。まあ、しょうがない、いいだろう。でも、普通はこんなとき早く来るもんだろ? 何をやってたんだ?」

「すみません、ちょっとお腹を下してしまいまして。緊張のせいだと思います。普段から時間にルーズなわけではないので、どうかお許しを」

 そのコは、両手を顔の前で合わせて、必死に謝るポーズをとった。

「あー。じゃあ、座れ。空いてる椅子に」

 青山さんはわずらわしそうにパイプ椅子を指さして言った。

「ありがとうございまーす。失礼しまーす」

 彼女は満面の笑みになり、スキップするような軽い足取りで移動して、最前列の席に腰を下ろした。腹を下したのは本当かわからないけれど、緊張のせいというのは嘘だろう、こいつ。

 あ。

 私はあいさつをするタイミングを失い、でも問題はなさそうで、黙ってまた着席すると、学校の先生のように私たちの前に立っている青山さんが話しだした。

「きみたち、三人組でやっていく予定だから。他の二人に、簡単に自己紹介して。まず、きみ」

 指名されたのは、私だった。いきなりで焦る。

「は、はい。えーと、名前は鈴木八重です。高校三年の十八歳です。趣味は……」

「趣味なんていいよ」

 青山さんに軽い調子で止められた。

「じゃあ、次、きみ」

 今度は、私より先に来ていたコが指された。

「……並木葵です。十六歳です。よろしくお願いします」

 イメージ通りの、か細くて、たどたどしい口調で述べた後、頭を下げた。見た目は幼いものの、落ち着いた雰囲気があるから、だろうと思ったけれど、やっぱり小学生ではなかったか。

「んじゃ、最後、きみ」

 そして、告げられていた時間ギリギリでここに入ってきた彼女だ。

「はーい。武藤理恵です。高校二年生で、セブンティーンです。お願いしまーす」

「オーケー」

 青山さんは腕を組んだ。

「定期的に歌とダンスのレッスンをやるが、デビューに向けて知名度を上げるのは、自分たちでどうにかするように。以上」

 は?

「ま、待ってください。自分たちでどうにかするって何ですか?」

「以上」なんて言うものだから、話を終えて部屋から出ていってしまうのではと思い、慌てて私は問いかけた。

「何って、まんまだけど?」

 え? え?

「もしかして、頑張って自分たちで知名度を上げないと、デビューできないってことですか?」

「まあ、そういうことになるわな」

 えー? 嘘でしょ?

「そんな。厳しい環境を与えられるのはしょうがないとしても、右も左もわからないのに、何の指示も出してもらえないんですか?」

 青山さんは、今日もずっとそうである険しい表情を、さらに濃くしたようにしてしゃべった。

「もうさ、そういう時代じゃないと思うんだよね。偉いおっさんが、女のコたちの裏で糸を引いて、いろいろやらせるっていうの。言葉だけじゃなく、本当に男女を対等にしなきゃ、これからは通用しないだろう。だからさ、セルフプロデュースってやつだ。自分たちのやりたいようにやれよ。それなりの数のファンがついたり、いけそうだって判断したら、曲を用意してやるから。じゃ」

 すると、青山さんは本当に部屋から退出していってしまった。

「……」

 残された私たち三人は、黙って顔を見合わせるしかなかったのだった。

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