生態観察

雪月

生態観察

「あ、流れ星!」


 倒木に腰掛けた彼女がそう言った。

 流れ星なんて毎日見ているが、いつでも彼女は目を輝かせている。俺は今も昔も空なんてろくに眺めてこなかったから、そんな反応がとても新鮮に見えた。星とはこんなにも綺麗なものだったのか、と感嘆するようになったのはつい最近の話だ。


 ただ生活を送るだけの日々。昔に何があったかは上手く思い出せないが、今までの暮らしでこんなに穏やかなのは初めてな気がする。

 この目の前の彼女と一緒に、天敵もなくただ生きるだけ。自分がこんな風になるなんて想像もつかなかったと思う。


 最近の彼女の趣味は前述した通り、天体観測らしい。教えてもらったおかげで、星座や星の名前が少しだけわかるようになってきた。長く生きていても知らないことも多くあるものだ。


「私ね、最近気づいたことがあるの」


 変わらない星空を眺め、足をぶらぶらさせながら突然そんなことを言い出す。


「星ってね、季節ごとに巡るの。月や太陽が昇ったり沈んだりするのと同じように、移動するのよ。でもね、ここの星はちっとも動いてない。言いたいこと、わかる?」


 星の代わりに、彼女の瞳に俺の顔が映る。そんな知識はないが、なんとなく嫌な予感がする。


「ここは一体――」


 最後まで言い終わる前に、ドンッと重くて嫌な音がした。何度も聞いたことがあるはずなのに、どこで聞いたのかは全く思い出せない。

 それと同時に、倒木から落ちて彼さ女が地面に転がった。じっとりと体の下から血と脂が広がっていく。

 状況が理解できない、したくない。逃げないと、でもどこに? そもそもなぜ? どこからか撃たれて――なんでそんなことわかるんだ?


 もう一度同じ音がした。それと同時に背中に衝撃が走る。前に倒れ込む。薄れていく意識の中で、彼女の最後の言葉の続きを考えた。


 ――そういえば、ここどこなんだ?



 ――記録開始。


 第八四回人類繁殖実験

 結果 失敗。

 原因 絶滅以前の記憶データの想起。

 処置 実験体一〇三号雄型、実験体一五二号雌型の殺処分。一部食肉として出荷。


 やはり記憶サンプルに問題ありか。

 しかし、一から経験に基づいた矛盾のない記憶を練り上げ移植するよりもサンプルから抽出したものを使用した方が良いという仮説は正しかったようだ。

 今回は状態よく抽出できたものを改変せずそのまま使用してみたが、あまり上手くいかなかった。かつて存在した地球での生活、及びこの環境が生成されたものだということに勘づいてしまった。時間経過で無意識下に浮かんでしまう不具合が発生することがわかった。原因は星の天動がなかったことらしい。コロニーの改修が必要かもしれない。そして、記憶データについてはまだまだ研究が必要である。

 しかしながら、記憶の改変は成功率が低いし、状態の悪い記憶データのツギハギは矛盾が発生しやすく、さらなる不具合を発生させることもしばしばであり(第八十回実験記録より)、他のサンプルを入手するのも困難を極める。要検討。

 

 やっと人類素体の量産に成功したというものの、このままでは埒が明かない。今のこの研究所は質の悪い食肉加工工場だ。この素体作るのも高いんだぞ。

 そろそろ成果を出さないと上から研究費用が下りなくなるだろうな……。どうしたものか。

 だいたい、絶滅した生物を愛玩兼食肉として再繁殖させたいなんて考え自体間違っているのだ。食事なんて、最低限の栄養摂取をしていれば必要のない行為、言ってしまえば娯楽にすぎないのに。このコロニーの整備だっていくらかかってると思って……これ以上はただの愚痴になるな。


 はぁ……。そういえばしばらく何も食ってない気がするな。失敗続きの今こそ「娯楽」にでもあやかってみるとしよう。

 さて、何食うかな…………おっと、忘れてた。


 以上、記録終了――。

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生態観察 雪月 @kakuyuri12

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