またいつか
ナガミメイ
第1話またいつか
訪れない約束も
生きる希望になり得るように
あなたが笑ってくれた今日が
永遠でありますように
「一緒に生きようね」
今日も地獄の日々が始まる。憂鬱な気分のまま駅のホームに着いた。学校へ行くために乗らなければならない駅のホームで、ぼーっと線路を眺める。このまま楽になれたらいいのにな。そんなことを思いながら縋るようにTwitterを開く。ここには沢山の生に絶望を抱いた同志たちが蔓延っている。ツイッタランドの死にたい住人たちの中で一番仲のいい“ましゅ。”の訃報を知ったのは、“ましゅ。”が浮上しなくなって丁度1ヶ月の朝の事だった。親族と名乗る人が、“ましゅ。”の訃報をツイートしていた。
実際にショックな出来事が起きても、人はドラマみたいに膝から崩れ落ちたり泣いたりなんてしないもんで、私はただ、画面を見つめることしかできなかった。
“ましゅ。“とはTwitterの病み垢で繋がった、同じ傷を舐め合う同士だった。親からの虐待や学校での人間関係が原因で、逃げ場を求めるようにTwitterのアカウントを作った時、私の「死にたい」というツイートに「ましゅも」と一言だけリプライを飛ばしてきた。今時のような地雷系と呼ばれるお姫様のように可愛らしい自撮りで、ピンク色の加工がされているキラキラな女の子でも、死にたいと思うことがあるのか。というのが“ましゅ。”への第一印象だった。
”ましゅ。“と私が仲良くなるにはそれほど時間は掛からなかった。辛くても逃げられない時、私はいつもTwitterを開いた。そして息をするように「死にたい」と呟く。するとその日のうちに「ましゅも」と一言だけくれる。“ましゅ。”が「死にたい」と呟いた時は、私も同じように「私も」と一言送った。それが心地よかった。どこの誰ともわからない“ましゅ。”と、お互いの死にたい気持ちを舐め合うのが。
それから程なくして、私たちはDMでもやり取りを交わすようになった。“ましゅ。”は、私より2歳ほど年上だった。進学校に通っているらしく、スマホや門限、交友関係全てに干渉されているらしかった。幸い親の機械音痴のおかげで、今もこうして病み垢を続けられると話してくれていた。ここは自分で選んで勝ち取った居場所なのだと。
お互いを取り巻く環境について語っている最中、“ましゅ。”はリストカットの写真を見せてくれた。死にたくなったり苛立ちを感じたら腕を切りつけ、擬似的に死を体験するのだと教えてくれた。
「悲しかった私はこうして死ぬんだ。血が乾いたら全部平気になる。」
ボコボコになったうでの画像を見せてくれた。日々自分を痛めつけながら生きている“ましゅ。”からは、なぜか生きる強さのようなものを感じた。そして実際、“ましゅ。”は強かった。Twitterでは弱音を吐いているが、私より強く生きていた。「成人したら地元をでて、〇〇ちゃんのいる都会に逃げようと思う。それまでの我慢だ。」と、日々呟いていた。
死んでしまわないように、心を殺されないように。自傷行為やオーバードーズを繰り返しながらも、私たちは近い将来について約束した。待ち合わせの日時や、家が決まるまでの宿泊場所、一緒に行きたいところ。その時間だけは、現実の苦しみを忘れられた。私たちは、ボロボロになりながら苦悩を抱え、それでも必死に生きていた。私は、そんな“ましゅ。”の直向きな姿を、画面越しに眺めていた。
だから余計に、“ましゅ。”の訃報は許せなかった。”ましゅ。“のTwitterには、親族と名乗る人のツイートで、
「ましゅ。こと田中寧々は、先月24日の午後3時、永眠致しました。
死因は、自殺によるものです。詳しい内容は伏せますが、生前仲良くしてくださっていた相互フォロワーの皆様には、お伝えするべく投稿致しました。とても残念でなりません。」
と書かれていた。クソが。クソが。くそくそくそくそくそくそくそくそくそ。
“ましゅ。”は、このアカウントは、リアルの誰にも教えていないって話してくれた。“ましゅ”は、ここだけでしか本音を言えないって言ってた。ここだけが私の居場所って・・・。
そんな大切な居場所を”ましゅ。“から奪い、こんなにも追い詰めた張本人が、”ましゅ。“が自分で勝ち取った居場所を奪うなんて。眩暈がする。目の前が急速に暗くなるのを感じる。それでも膝から崩れ落ちたり、泣き叫んだりできなかった。脳内はこんなにも怒号が響いているというのに、何一つ表へは出なかった。
テレビを見ているような感覚だ。”ましゅ。“のプロフィールページへ飛んでみると、訃報ツイート以外のツイートが全て削除されていた。彼女の苦悩や葛藤、生きるために必要だった希死念慮や、私とのリプライまでもが、綺麗さっぱり無くなっていた。思うように動かない指を何とか動かし、DMを送った。スローモーションのように、一つ一つの動作が切り取られて記憶されるような感覚になる。
「ましゅ、本当は生きてるんでしょ?何か嫌なことでもあった?連絡して」
すぐに返信は来た。
「おはようございます、〇〇さん。生前、寧々とは仲良くしていただきありがとうございました。〇〇さんが寧々をそそのかし、親である私たちを悪者に仕立て上げて、寧々と一緒に悪口を言っているのを拝見させてもらいました。寧々はとてもいい子で自傷行為も自殺もしない子だったのに、貴方と仲良くしてから変わってしまったみたいでした。もう寧々はいません。どうぞあの子のことは忘れて、自分の人生を歩んでくださいませ。」
あぁそうか。もう“ましゅ。”は居ないんだ。あの時の約束も果たせないんだ。“ましゅ。”の人生はこれからだったはずなのに。いや、でも、“ましゅ。”は十分に生きた。自分を傷つけながらも、私との約束を糧に生きてくれた。でも“ましゅ。”はもういなくなってしまった。“ましゅ。”の居場所も、無くなってしまった。このクソキモい親に侵されてしまった。ならせめて、私だけでも、この怒りを、やるせなさを、“ましゅ。”の生きた証を、抱えて生きていこう。一緒に生きよう。
登校するために乗らなければいけない電車を数本逃している。今行っても遅刻は確定だし、私の置かれている状況も変わりはしない。でもせめて、画面の向こうにあったかもしれない“ましゅ。”笑顔が、苦しみの中で笑い合った日々が、私の中で永遠でありますように。
またいつか ナガミメイ @shortcakemei
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