第2話 初めての夜を生き延びろ!

 夫婦の契りと言っても、なんかよくわからないクッッソ癖のある酒を飲み交わすだけだった。口づけとか、指輪の交換とか、ウェスパニアの婚礼の儀でやるようなやつは一切なかった。


 てっきりこれがイスタの定番の婚礼の儀なのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。つまりは、口づけや指輪などの装飾品を交換する夫婦もいる、ということだ。では、なぜ俺達の場合はそれがなかったかというと、セージさんが言うには――、


「今日が初対面の者と口づけというのはハードルが高すぎる」

「装飾品の類は相手の好みとサイズを確認してからにすべき」


 まさかのそういう配慮だったという。


 えっ、そんな配慮してくださるんですか?!

 なんか、聞いてた話と違うな? 問答無用で口づけどころか身体の一部に何らかの傷をつけられるなりしてその血で誓約書を――、みたいな感じかと思っていたのに。まぁ、かなり独特な味の酒は飲まされたけど。度数は低くて助かったけど後味が最悪だ。まだ胃がむかむかする。


 それで、だ。

 

 簡素な腰巻一枚のディー=ドロア――ディーで良いと言われた――さんは、無口な人らしい。立派な角を持ち、腕と脛が柔らかそうな白い毛皮で覆われている山羊の半獣人だ。毛皮は白だけど、髪の毛は黒。イスタの半獣人は種族にかかわらず皆、黒髪なのだ。

 冬にもかかわらず身に着けているのは腰巻のみで、日に焼けた肌に、無駄のない筋肉。なんていうか、ウェスパニアにいる、自分を魅力的に見せるために鍛えているやつらのものとは違う筋肉だ。生きるために必要な筋肉、という感じがする。実際にここ、イスタはかなり過酷な環境なのだ。半獣人である彼らだからこそ暮らせる、と言っても過言ではない。だから正直、俺なんかは普通に厳しくて、ぎゃんぎゃんに厚着をさせてもらっている状態だ。こんな分厚い婚礼衣装、そうそうないと思う。特注か?


「これがおれ達の家だ」


 一軒の家の前に立つと、ディーさんはぽつりとそう言ってから中へと入った。その間、俺に一度だって視線を寄こさなかった。ちらりとこちらを振り返ることはあったけど、全然目が合わないのだ。式の際に一度だけ合ったけれども、一瞬だったし。


 たぶん彼としても迷惑に思っているのだろう。きっと彼の方でもこんな結婚を望んでいなかったのだ。もしかしたら、普通に女性の半獣人を娶りたかったのかもしれない。すみません、俺が男で。ですけど、こちらとしましても、ほんと大迷惑と言いますか、想定外だったと言いますか、寝耳に水だったと言いますか。


 どうでしょう、ここはひとつ、仲間ということで、同盟でも組みませんかね。


 そんなことを気安く言えるような人だったら良かった。

 長老のセージさんとまではいかずとも、もう少し話しやすい人なら良かった。

 

 表面上は夫婦のふりをして、それで、あなたは好きな女性とよろしくやっていただく、ってことでいかがでしょう、なんて提案が出来たら良かった。そしたら俺も少しは長生き出来るかも、なんて期待したんだけど。そんな話、出来そうにない。とにかく無口なのだ。何を考えているかわからない。あと、近くで見ると角がめっちゃ怖い。ざらざらして、ごつごつしていて、棒やすりみたいだ。先端も結構鋭い。あれで突かれたら確実に死ぬ。


「ここがトイレ。浴室はあっち。自由に使ってくれ」


 恐らく、彼はここに住んでいるのだろう。生活感がすごい。きれいに片付いているのがちょっと意外である。ただ、あちこちにオブジェのごとく頭骨が飾られてるのが怖すぎる。近付きたくない。


「それで、ここが、その」


 トイレ、浴室、居間と案内され、最後にたどり着いたのは――。


「寝室。その、夫婦の」


 寝室、である。

 夫婦の。


 部屋を仕切っている幕をぺらりと捲ると、かなり大きな寝台が一つあった。まさかと思うけど、これ、二人で寝るやつ? だよな? え、っと、あの、さすがに今日はそういうこと、しませんよね?! 


 聞きたい。

 確認したい。

 違いますよね?

 だって口づけだって配慮してくれたんだし!


 こちらの動揺が伝わったのだろうか、ディーさんはふるふると首を振った。


「別におれは床で寝ても良い。エルが使え」

「えっ?!」

「今日夫となった男といきなり同衾なんて、嫌だろ」

「それは――」


 もちろん嫌です。


 だけどこの場合、媚びた方が良いのではないだろうか。

 いっそ媚びっ媚びに媚びて、何でもしますから命だけは、と、そういう態度をとった方が良いのではなかろうか。


 そんな考えが浮かぶ。

 

「あの、ね、寝るだけなら、その」

「え」

「ええと、あの、と、隣で寝るだけ、なら。なんていうか、あの、す、少しでも、その、仲良くなれたら、と言いますか、その」


 恐る恐るそんなことを言ってみる。

 生存戦略のつもりだ、一応。

 もしかしたら情が移って殺さないでもらえるかもしれないし!


 と。


 ぱちりと。

 

 目が合った。

 

 驚いたのか、目を真ん丸に見開いて、俺を見た。


「何もしない」

「は」

「何もしないと約束する。から」


 今夜から一緒に寝る、と彼は言った。それで良いな、と念を押され、「かしこまりましたぁ!」と返したけど、完全に声は上ずってた。ねぇこれ、正解かな? 俺の寿命、一日くらいは延びたと思って良い?


 延ばしていこう!

 こんな感じで!!

 それで隙をついて逃げるんだ!


 俺はこんな蛮族の嫁になんて絶対になりたくないっ!

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