第2話 幻影、覚醒前夜

放課後の体育館は、緊張と期待でむわっと熱い。

 今日は紅嶺の恒例行事――1・2年混成 vs 3年レギュラーの紅白戦だ。


「……おい、あれ一年だよな?」


「肩の厚みエグい。神威みさき(182cm/85kg)、ほんとに高校生?」


 ざわつく視線を受けても、俺はストレッチしながら淡々と呼吸を整える。

 筋肉は飾りじゃない。走って、ぶつかって、撃つための“道具”だ。


「神威、体つきバケモンだな」

 **天城隼(180cm/70kg)**が苦笑して肘でつつく。


「助走いらずで飛べそうだもん」

 **白取悠真(197cm/81kg)**はいつもの穏やか声。

「でも勝つのは“技術”だ。忘れないで」


「リバウンドは俺が全部拾う」

 **熊谷大地(189cm/90kg)**が拳を握る。真っ直ぐで、泥臭い宣言が気持ちいい。


「じゃ、俺は道をつくるよ」

 **早乙女光(178cm/70kg)**がスコアボードを一瞥して、静かに頷いた。


 コート中央。3年キャプテンの**東雲隼人(180cm/75kg)**が声を張る。

「下は“挑戦者”だ。全力で来い」


 対峙するのは、PG桐生慎(180cm/70kg)、SF三国颯太(175cm/68kg)、PF神堂鉄心(193cm/82kg)、C加賀見仁(195cm/90kg)。全員、全国を渡ってきた猛者。控えには西条悠(182cm/80kg)。


 笛が鳴った。ボールが跳ねる。――始まる。



 開始直後から、3年の“老獪”が牙を剥いた。


「右45°、一拍遅れて離脱」

 桐生の低い声。三国がふっと消え、次の瞬間には空所でキャッチ&シュート。シュッ。


「ミドル、打て」

 神堂のスクリーンに東雲が乗る。バックステップのストップジャンパー。シュッ。


 リムに弾かれたボールは加賀見が鷲掴み。そのままねじ込む。ガツン。


「……全部、先回りされてる」

 俺は小さく息を吐く。桐生のEagle Sight――視点を切り替えて空間の位置関係を立体で把握する、あの異常な“見え方”。

 味方の視点なんか見ちゃいない。ただ、空間を読んで操る。


「落ち着いて」

 早乙女が低く言う。「一本、返せば変わる」


 1Q終了、21−11。10点ビハインド。

 ベンチに戻ると、桐島綾監督が腕を組んでこちらを見る。


「桐生は“空間の切替”が速い。こちらは“条件”を一つ増やして遅延させる」

「条件?」

「スクリーンの角度よ。白取」


「了解」

 白取は短く返事してタオルを置く。「押さずにいなす。面を与えない」



 2Q。コートに戻ると、天城が笑って肩を叩いた。

「一本目、いこうぜ」


 白取がトップでピボット。肩を当てず、軸だけスッと切り替える――接触ゼロの“柔”。

 DFが半歩ずれ、レーンが細く開く。天城が初速で切り裂き、俺のマークが一瞬だけ揺れた。


(――今)


 キャッチ、ステップバック、リリース。シュッ。


「入った!」

「次!」


 熊谷が体をぶつけてリバウンドを確保。早乙女のキックアウト――シュッ。

 移動しながら、クイックで――シュッ。

 DF二枚が寄る。白取が角度だけで進路を塞ぎ、二人の肩が触れる一瞬の“溝”。――シュッ。


 会場がどよめく。東雲が眉をひそめる。

「二枚で挟んでも抜ける……?」


 ベンチ際、桐島監督が小さく呟く。

「視界、ほどけてきた。“Falcon Sight”の片鱗よ」


 俺の頭の中に、コートの上から見下ろす図がぼんやり浮かぶ。

 誰の視点も借りない。ただ、空間が呼吸するみたいに見える――どこが細くなり、どこが空くか。


 前半終了、34−30。4点差。空気が変わった。



「後半は手数を増やす」

 桐生が淡々と3年の円陣で告げる。「読み合いで上書きする」


 3Q。三国のボールサイドカット、東雲のポップ、神堂のエルボー、加賀見のダイブ――全員の位置が半拍ずつズレながら噛み合う。

 これが3年の経験。小さな“遅延”で、俺たちのリズムを崩しに来る。


「くっ……」

 早乙女のパスコースが消される。それでも熊谷がドンと身体でこじ開け、セカンドチャンスを生む。


「拾ったぁ!」

「熊谷、でかい!」


 白取がハイピック。やっぱり触らない。受け手の進路だけを薄く変えて、DFの芯を空振りさせる。

 天城がスリットへ差し込む。空中で半歩遅らせて――**ダブルクラッチ。**コトン。


「今の、空中で二択作ってる……!」

 観客席の先輩が息を飲む。


 そして――桐生の間合いが、見えた。

(ここで止めて、フェイクで浮かせる。置く)


 インパーフェクトコピー。

 “完全再現”じゃない。タイミングだけを盗み、自分の射程で昇華。

 俺のジャンパーが、桐生のテンポを借りて落ちる。シュッ。


「……あれ、俺の“間”だ」

 桐生の目が、わずかに笑った。


 スコアはひっくり返る。55−50(3Q終了)。



 4Q。東雲がクラッチで喰らいつき、神堂が声を張る。

「切り替え! まだここからだ!」


 でも俺の頭の上の俯瞰図は、もう鮮明だった。

 桐生のEagleが操るなら、俺のFalconは空く点を撃ち抜く。


「白取、薄く二枚」

「了解」

「熊谷、面だけちょうだい」

「任せろ!」


 二重の“ずらし”。一瞬だけ、3年の守備に針の穴が開く。

 振り向きざま――ステップバック3。シュッ。


「止めろ!」

「止まらないっ……!」


 次は超ロング。レッグスルー一発、体を立てたまま、胸の高さから押し出す。――ネットだけが鳴る。


 ベンチで桐島監督が笑った。

「いい顔。『視えてる』じゃない、『掴んでる』顔」


 早乙女は足を止めずにパス角度をずらし続け、

 天城はひたすら初速で縦を破り、

 白取は“触れないスクリーン”で道を作り、

 熊谷は地面に叩きつけられても起き上がってまた跳ぶ。


 残り2分、点差は二桁。東雲が最後の三つを放っても、もう追いつけない。


「神威、ラストいけ」

 天城が吐息混じりに笑う。


「――任された」


 キックアウト。吸って、止めて、置く。シュッ。

 ブザーが鳴る。


最終スコア:1・2年 80 − 64 3年。



「……完敗だな」

 東雲がタオルで顔を拭きながら笑う。「でも、悪くない」


「リーダーは“負けの味”も知ってる方が強い」

 神堂が肩を叩く。


 桐生が歩み寄ってきた。俺と目が合う。

「Eagleは“操る”。君のFalconは“撃ち抜く”。――次は、どっちがコートを支配するかだ」


「上で会おう。もっと高いとこで」


 熊谷が拳を握る。「次は全部拾う」

 白取は静かに頷いた。「角度は、まだまだ作れる」

 天城は拳をコツンと当ててくる。「お前の一歩、マジで反則」


 コートに残るのは、汗の匂いと、胸の奥に灯る火だけ。

 “幻影”――それはまだ、覚醒の手前。

 だけど、確かにここから始まる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る