第4話 木札
「あれ、持ち帰ったの、俺なんです」
そう話し出したのは、かつて神社の裏山の土地開発に関わっていたという男だった。
「誰も来ない社でね。鳥居は倒れてるし、祠も朽ちてて。
でも、境内の奥だけ、やけに草が刈られてる。
手が入ってるっていうか……何かを“残そう”としてる感じでした」
そこに立っていたのが、例の木札だったという。
男はそれを“記念”にとポケットに入れ、自宅に持ち帰った。
木札には、こう書かれていた。
――「あなたの大事なものを入れてください」
「なんだこれって、最初は笑いましたよ。
冗談か何かかと思ってたんです」
⸻
その夜、男は夢を見た。
暗い寝室。自分の足元に、見覚えのある木札が立っている。
本来なら玄関に置いたはずだった。
次の瞬間、誰かの囁き声が耳元に流れ込んできた。
……カ……サ……ケ……モ……
言葉の意味はわからなかった。
ただ、それを誰かが読まされているような、感情のない声だったという。
目を覚ますと、木札は元の場所に戻っていた。
⸻
その数日後、男の妻が突然倒れた。
朝、目を覚ましたとき──自分の名前が出てこなかった。
「検査では異常が見つからなかった。
医者はストレスの可能性もあると言ったけど、違う。
俺にはわかってた。
“何かが持っていかれた”んだって。」
あの木札を思い出した。
「あなたの大事なものを入れてください」
木札は器だったのかもしれない。
あるいは鍵だったのか。
とにかく、あれを“持ち帰った”という行為自体が、すでに差し出すことだったのだ。
⸻
「返そうと思ったんです。
神社に戻しに行こうって。
でも……もう、あの神社の場所が思い出せないんですよ」
現地にも行った。地図も見た。
だが、社のあった場所に着くことはできなかった。
さらに、木札そのものも、いつの間にか姿を消していた。
⸻
「たまにね、夜中に玄関から音がするんです。
ガサッ、ガサガサッ……って。
開けると誰もいない。
でも……土のにおいがするんです、濡れたままの、境内の土みたいな」
男はそう言って、ふと視線を落とした。
「“持ち帰る”って、そういうことなんでしょうね。
何をって? ……大事なものですよ。
向こう側にとって、ね」
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