第2話 お賽銭

出張帰り、男はふと森の神社に立ち寄った。

財布から百円玉を取り出し、賽銭箱に投げ入れる。


月光に照らされた木札の文字。


――「あなたの大事なものを入れてください」


男は鼻で笑い帰途についた。



翌朝、町内に焦げ臭い匂いが漂っていた。

男の家は夜のうちに火に呑まれ、黒い瓦礫と化していた。


現金も通帳もカードも、すべて灰となった。

警察も消防も「原因不明の出火」とだけ言い残した。


「仕方ない……また作り直せばいい」

男は自分を落ち着かせようとした。



翌日、銀行へ向かう。

だが窓口で記入した申込用紙は、職員が端末に打ち込むとすぐに弾かれた。


「申し訳ありません……お客様のお名前では、口座を作成できないようです」


別の銀行でも同じ返答だった。

「システムに登録できません」


証券会社でも、保険会社でも、役所でも。

すべての窓口で申請は却下され、理由は「エラー」としか言われなかった。


「そんな馬鹿な……俺は何も悪いことなんかしてない……!」

声を荒らげても、職員は困惑した顔をするばかりだった。



男は一週間かけ、遠方の銀行にも足を運んだ。

知人の紹介で裏口のような契約も試した。

だが、どの端末でも同じ言葉が返ってくる。


「お客様の登録はできません」



やがて男は気づいた。

手元に残るのは、現金で受け取ったわずかな小銭だけ。

どんなに稼いでも、どんなに手に入れても、それはすぐに消えてしまう。

財布の中身は一晩で空になるのだ。



夜。

ふらふらと神社へ戻ると、瓦礫の匂いがまだ衣服にまとわりついていた。

賽銭箱の前に、木札が一枚、じっと立っていた。


――「あなたの大事なものを入れてください」


赤黒くにじむその文字を見つめたとき、男の喉からひゅう、と乾いた音が漏れた。

何を差し出しても、もう金は戻らない。

彼には、それを確かめる術さえなくなっていた。

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