あなたの大事なものを入れてください

じゅう

第1話 古びた映像

これは、ある神社をめぐる話である。


といっても、ひとつの筋書きがあるわけではない。


語られるたびに登場人物は変わり、語り手も変わる。


誰もが少しずつ違う記憶を持ち、それぞれのかたちで「なにか」を経験している。


私は、かつてその神社に関する取材をしていた。


これは、その過程で集めた“記録”である。


音声や手紙、日記、口伝、SNS投稿、あるいは遺書のようなものまで含まれる。


真偽は問わない。ただ、あの神社に関わった人々が何を見たのかを、できる限りそのまま記す。







第一話 古びた映像


ざらついた粒子の向こうに、鬱蒼とした木々が揺れている。

色褪せた画面の隅には、かすれた数字――1997年9月13日。


それは古びたビデオカメラで撮られた一本のテープだった。

誰が録画したのか、どうしてここに残されたのかは分からない。

だが、再生ボタンを押すと、不気味な揺れと共に、ある神社の姿が映し出される。


カメラは荒々しく震えながら、森の奥にぽっかりと口を開ける鳥居を捉えていた。

風の音、枝葉のざわめき、遠くで鳴く鳥。

やがて、撮影者の息遣いのような微かなノイズが混ざる。


鳥居に近づいたその瞬間、画面は不自然にズームした。

朱色のはずの柱は黒ずみ、骨のように不揃いにねじ曲がっている。

節の隙間からは、ぬるりとした粘液が滴っていた。

まるで生き物そのものが、そこに立っているかのように。


鳥居をくぐると、静寂が訪れた。

境内には誰もいない。

足音と砂利を踏む音だけが、不気味に反響している。


カメラは左右へと視線を振る。

並ぶ古びた灯籠。その陰に、異様な像が立っていた。

狛犬であるはずのものは、獣の頭蓋骨を無数に積み重ねたような塊だった。

あるいは、異様に長く歪んだ手足を持つ怪物の石像。

それが、静かに――だが確かに、カメラを覗き込む者の視線を追っている。


不意にフォーカスが合う。

像の牙の隙間、骨のひび割れ、闇に潜む空洞。

そこに眼があるような錯覚。


やがて、本殿の前にたどり着く。

中央にはお賽銭箱。

その前に置かれた古びた木札に、カメラは吸い寄せられるようにして寄っていった。


震える筆跡。

そこにはこう書かれていた。


――「あなたの大事なものを入れてください」


文字が画面いっぱいに広がる。

次の瞬間、画面は激しく揺れた。

背後で何かがぶつかり、掴みかかる音。

息が荒くなり、ノイズが走る。


そして――ブツッ。


暗転。

残されたのは、耳に残るざらついたノイズと、胸を締め付ける不吉な余韻だけだった。


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