第20話 弱者の戦い2
ギギギと音を立て金目は目を見開き動きを止める。それに理性があるようには見えなかったが、予想外の反撃に面食らったように道隆には見えた。
金目の肉を焦がす嫌な臭いが辺りに充満する。金目は火を消そうと足をばたつかせてデタラメに暴れ始めた。周囲の建物それに巻き込まれ、ガラガラと倒壊していく。
金目が火に気を取られているその隙に、道隆は路地に入り込んで姿を隠す。身を低くして、できるだけ足音を殺して走り、金目の背後に回り込んだ。
獲物の姿が消えていることに気づき、あちこち目を向けている。ダメージがあったようには見えない。
しかし、道隆は端からあんな即席の火炎瓶でどうにかできるとは思っていない。ただ、考える時間を稼ぎたかった。
道隆には金目と戦う力などない。その力を持つ白亜は戦うことができない。この世界からの脱出方法も分からない。考えうる限り最悪の絶望的状況をどう覆すか――つまり、あの怪物をどうやって倒すか。
――何か突破口があるはずだ。
道隆は建物の影からそっと顔を出す。
移動するだけで何もかもを粉砕し、ただ足を振り下ろすだけで爆撃のような破壊をもたらす怪物。一挙手一投足の全てが一撃必殺の破壊力。まともに相対して、よくも今まで生き残ることができたものだと、今更ながら安堵感を抱く。
移動速度は、道隆の全力疾走でギリギリ追いつかれない程度だ。その破壊力が速度を殺しているのだろう。付け入る隙といえばそれくらいだが、あまりに弱い。
――他に何かあるはずだ。
金目が通ってきた道筋は更地のようになっている。アスファルトが砂塵と化すだけならまだしも、その下の地面などまるで耕されたような有様だ。今すぐにでも野菜を栽培できそうである。あんなものに巻き込まれれば、生きていた痕跡すらも完全に消え失せる。
「待てよ」
突如、過去に見た映像が頭をよぎり、戦略を思いつく。
だが、すぐにいやいやとその案を自ら否定する。危険どころではない。成功するか分からないし、成功したとしても、間違いなく死ぬこととなる蛮策だ。
「――知ったことか」
一度否定したその意識を否定する。
うまくいけば白亜だけは助かる。この身はとうに、白亜のために死んでも良いと覚悟を決めた身だ。彼女が助かるなら、この命など今更何の問題にもならない。
道隆は最後の酒瓶を火炎瓶に改造し、銀の武器はベルトに挟む。
深く深呼吸をし、迷うことなくもう一度道路に飛び出した。
「こっちだ化け物!」
声に反応し、金目は地面を抉りながら旋回する。地面がさらに深く抉られ、金目の体が沈み込む。
ギチギチと嫌な音が反響し、あまりの不快さに道隆は耳を塞ぐ。少しだけ焦げた金の目が道隆を捕らえると、ギギギと瞼を軋ませた。
道隆は金目に背中を向けて走り出した。
瞬間、後ろから爆発音が聞こえた。さっきの散弾だと直感し、斜め前へと跳躍して地面に伏せた。その直後、轟音と共に砕けたアスファルトが頭上を通過する。その爆風で道隆の体はまたもや吹き飛んだ。
全身が痺れるように痛んだが怯んでいる時間などはないと、受け身を取ってすぐに立ち上がり、全速力で疾走する。
背後からは立て続けに破壊音が響き、背中をビリビリ揺らす。途方もない怪物である。今更ながら、そんなものを相手に立ち回る自分に道隆は苦笑した。歩兵が戦車に挑むようなものではないか。
普通なら竦み上がるところだが、頭の中の倒れた白亜がそれを許さない。あの怪物だけは許すなと絶えず叫び続ける。
それが何なのか、はっきりとしたことは分からない。地球乃への後ろめたさなのか、贖罪のつもりなのか、自己満足なのか。しかし今はそんなことは考えない。どうでもいい。何であろうとやるべきことは一つだ。
金目は地面を抉りながら進んでくる。もう足を振り上げる素振りも見せない。このまま踏み潰すつもりのようだ。
――好都合だ。
道隆は短く呼吸を整え、すぐにまた走り出せるように足に血を集める。これが最後の回避だ。全神経を集中して、あの怪物をいなす。それができれば――
「――僕の勝ちだ」
それは自分を鼓舞する言葉だった。
言葉で撃鉄を落とし、自分を、これからの行動を全て冷静に実現する機械と変貌させる。
金目は瞳を歪ませる。
笑っているように見えた。
道隆はほくそ笑む。
「勝ち誇ってんじゃねえぞ、馬鹿が――!」
道隆が駆け出すと、自らの勢いを止めることができなかった金目は道隆がいた場所を通り過ぎ、
金目はギチギチと無数の足を絡ませて旋回する。
破壊の化身のような足が地面を削り取り、金目の体が沈み込む。やがて地下からメキメキと何かが割れる鋭い音が漏れてきた。
瞬間――
――激しい音を立てて地面が陥没し、金目はその中に落下した。
金目と瓦礫の落下により激しい飛沫が上がり、穴から薄いオレンジの液体が噴き出す。独特の臭いが鼻腔を突く。
穴の中から激しい水音が聞こえる。中は真っ暗で何も見えないが、金目は中で自らの命を断つ液体を撒き散らし続けるのが分かった。
そこは、
道隆が金目を誘い込んだ場所は、ガソリンスタンドだった。
金目はただ動くだけで地面を大きく抉る。その破壊力を逆手に取って、地下の貯蔵庫に落とすというのが、道隆の策だった。
ガソリンは非常に揮発しやすい。空気に触れた瞬間から揮発し、危険な可燃ガスとなる。
密閉された地下貯蔵庫には穴があいたことで一気に空気が流れ込んだ。
金目自身が細かく飛散させたガソリンはたちまち危険なガスと化し、貯蔵庫の中に充満する。
そこに火を投じたら、どうなるか?
答えは文字通り、火を見るより明らかだ。
道隆は火炎瓶に点火した。
ごめんなさいと、泣き叫ぶ白亜の顔と声を思い出す。
「謝るのは僕の方だ、白亜ちゃん」
――また君に、余計な重荷を背負わせるかもしれない。
ごめんなと呟き、それを真っ暗な穴の中へと落とす。
時間が止まったような気がした。
耳からも全ての音が消えたように思った。
穴の中に落ちた小さな火が火炎となる。
視界が白光に満ち、そして辺り一帯を吹き飛ばした。
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