5話「異世界事変」

◆ 魔境エルダ渓谷へ


「気を抜くなよ、ここから先は帰らぬ者ばかりの土地だ」

案内役の冒険者・ラグナが低く呟く。

彼は元傭兵で、歴戦の傷を背負った強面の男だった。


同行するのは三人。

ラグナの他に、回復魔法を操る修道女シェリル、そして魔法研究者の青年ミルス。

ケンタを含めた四人は、王国の最後の希望を託されて渓谷へと踏み込んだ。


だがケンタの胸には不安が渦巻いていた。

――自分は戦えない。物流の知識しかない人間だ。

「……本当に、俺に何ができるんだろう」



◆ 最初の襲撃


夜。

キャンプ地を取り囲む唸り声。

姿を現したのは、漆黒の獣の群れ。


「来るぞ!」

ラグナが剣を抜き、シェリルが祈りを捧げる。

ミルスの詠唱が光となって獣を焼き払う。


ケンタは震える手で木の棒を構えた。

だが、突撃してきた一体を前に足がすくむ。


――その瞬間、物流大臣として培った“動線の読み”が脳裏をよぎる。


「……こいつら、隊列を組んでる!? 左から回り込む奴が多い!」

「なに!?」

ラグナが即座に反応し、左側を叩く。すると獣たちの連携は崩れ、一気に退散した。


「お前……ただの素人じゃねえな」

「い、いや……物流の現場感覚で……」

「物流!?」

仲間たちの視線は半信半疑だったが、ケンタの“観察眼”が役立ったことだけは確かだった。



◆ 大地の心臓


渓谷の奥。

光り輝く巨大な結晶が脈動していた。

「これが……大地の心臓……」

ミルスが息を呑む。


だが同時に、地響きが世界を揺らした。

結晶から放たれる魔力が暴走し、大地そのものが裂け始める。


「待て……この力はただの治療薬なんかじゃない!」

ミルスが叫ぶ。

「大地の心臓は、この世界の魔力循環そのもの! 抜き取れば均衡が崩壊する!」


ケンタは凍りついた。

「じゃあ……俺の命を救えば、この世界が滅ぶ……?」



◆ 異世界事変の始まり


渓谷の外、王国中枢に衝撃が走った。

大地が裂け、魔物が各地で暴れ始める。

「これは……異世界事変だ!」

歴史家たちが後にそう呼ぶ大災厄の幕開けだった。


そして渦中にいるのは、異世界から来たただの元倉庫作業員、山田ケンタ。

彼は今、選択を迫られていた。


――自分の命を救うのか。

――それとも、この世界を守るのか。


ーISEKAI JIHENー

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