いつもの異世界転生と思うな!
パンチでランチ
1話
山田ケンタ、二十五歳。
ブラック企業での三年間の消耗戦を経て、気づけば最終電車に揺られていた。
「はぁ……これでまた明日も地獄かよ」
彼の脳裏をかすめるのは、近頃やたらと流行っている“異世界転生”もの。
トラックに轢かれる。
死ぬ。
目が覚めたら剣と魔法の世界――。
「俺もさ、いっそそうならねえかな」
そんな冗談を心でつぶやいた瞬間、眩しいライトが目の前に迫ってきた。
――ブレーキ音。
――衝撃。
そして、闇。
⸻
目を開けると、そこは真っ白な空間。
玉座のような椅子に座る、胡散臭いローブ姿の男がこちらを見下ろしていた。
「おお、勇者よ! よくぞ来た!」
「あ、やっぱ異世界転生ね……」
ケンタは、妙に冷めた顔でうなずいた。
「いやぁ、俺、こういうの知ってるんで。で? ステータスオープンってやつ?」
ローブの男はむっとした顔をした。
「……お主、慣れすぎではないか?」
「ネット小説で百回は読んだ展開だからね。で? 魔王倒せばいいんだろ?」
ところが。
「いや、魔王などおらぬ」
「は?」
男は続ける。
「ここは平和な国じゃ。勇者を呼んだのは……単なる人手不足ゆえ」
「…………え?」
「我が国、人口減少が深刻でな。働き手を異世界から補充しておる」
ケンタは一瞬、頭が真っ白になった。
「つまり……俺は異世界に来てまで、働かされる……?」
「うむ。倉庫管理から始めてもらう」
⸻
数日後。
ケンタは城下町の物流センターで、汗を流していた。
荷物は木箱、運搬は手押し車。フォークリフトなんて影も形もない。
「……なにこれ。異世界ってもっと、こう……剣とか魔法とか冒険とか……」
「おい新人! ボサッとすんな!」
隣で怒鳴るのは、筋肉モリモリの中年上司。どうやら“元召喚勇者”らしい。
「俺も最初はガッカリしたがな……慣れたら案外悪くねぇぞ」
「悪いだろ! 何が悲しくて異世界で倉庫番やんだよ!」
だが、驚いたことに給料は銀貨でしっかり支払われ、休暇制度も日本よりはるかにマシだった。
しかも、社食代わりの酒場では魔法仕込みの絶品料理が格安で食べられる。
「……え、なんか、日本よりホワイトなんですけど?」
自分でも気づかぬうちに、ケンタの顔から疲れの影が少しずつ薄れていった。
⸻
そんなある日。
「山田ケンタ殿!」
女王直々に呼び出され、玉座の間に立たされる。
「お主、物流効率を倍にしたそうだな。異世界の知恵、見事である!」
「いえ……ただ、在庫表をエクセル風にまとめただけですが……」
「エク……セル?」
「えっと……まあ日本で覚えた魔法みたいなもんです」
女王は大層感激し、ケンタを“物流大臣”に任命してしまった。
⸻
こうして。
勇者でも冒険者でもなく、ただの倉庫作業員から始まったケンタの異世界生活は、気づけば国を支える要職へと変わっていく。
「異世界転生って、もっと勇者や魔法バトルするもんじゃ……」
愚痴をこぼしながらも、彼の口元にはかすかな笑みが浮かんでいた。
日本では得られなかった居場所を、この異世界で手に入れつつあるのだから。
――そう、これは「いつもの異世界転生」ではなかった。
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