第10話:その感情の名は「嫉妬」
セドナ村は、年に一度の収穫祭で賑わっていた。広場には村人たちが持ち寄ったごちそうが並び、陽気な音楽が流れ、誰もが笑顔で踊り、語り合っている。
エリアスもまた、その輪の中心にいた。
「エリアスさん、このパイはうちの自慢なんだ! 食べてくれ!」
「錬金術師様、いつもありがとう! 一杯どうだい?」
村人たちは次から次へとエリアスに声をかけ、彼の手には食べ物や飲み物の入った器が積み重なっていく。
エリアスは困ったように笑いながらも、その一つ一つに丁寧に礼を言った。この村に来て、これほどまでに心からの笑顔を見せたことはなかったかもしれない。追放された時の絶望が嘘のように、彼は幸福感に包まれていた。
その光景を、少し離れた場所から一対のサファイアの瞳が見つめていた。ヴィクターは、人々の輪から少し離れた木陰に、身を隠すようにして立っていた。
エリアスが、自分以外の人間と楽しそうに笑い合っている。
その事実が、ヴィクターの胸の奥に、黒い霧がもくもくと立ち込めるような、不快でいらだった感覚をもたらした。胸がざわつき、腹の底がむかむかする。
エリアスの笑顔は自分だけのものであるべきだ。彼の隣にいるのは、自分であるべきだ。なぜ、他の男たちが彼に気安く触れることを許しているのか。
それは、ポーションを飲んでいないのに、ヴィクターの内側から湧き上がってきた、初めての強烈な負の感情だった。それが「嫉妬」という名前の感情であると、彼はまだ知らない。
ただ、この不快感を取り除くには、エリアスをあの場所から引き離し、自分だけの腕の中に閉じ込めてしまえばいい、と本能的に理解した。
いてもたってもいられなくなり、ヴィクターは木陰から姿を現した。彼は迷いのない足取りで人混みをかき分け、エリアスの元へと向かう。
突然現れた氷の騎士の姿に、村人たちの陽気なざわめきが一瞬、静まり返った。誰もがその威圧感に気圧される中、ヴィクターはエリアスの目の前に立つと、何も言わずにその細い腕を強く掴んだ。
「え、ヴィクター? どうしたの、急に」
驚くエリアスに構うことなく、ヴィクターは低く、命令するように言った。
「エリアス、来い」
返事を待たず、ヴィクターはエリアスの腕を掴んだまま、強引にその場から連れ去っていく。
唖然とする村人たちを後に、彼は一心不乱に歩いた。一刻も早く、エリアスを誰の目にも触れない場所へ隠してしまいたかった。
エリアスの困惑した声が聞こえてくるが、今のヴィクターには届かない。彼の頭の中は、先ほど見たエリアスの笑顔と、胸を焼くようなこの不快な感情でいっぱいだった。
自分の中に生まれた、このどす黒い衝動の正体を、彼はまだ知らなかった。
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