第7話:芽生え始めた執着心

 あの日以来、ヴィクターはエリアスのポーションを求め、定期的にセドナ村を訪れるようになった。騎士団長の激務の合間を縫って、時には無理やり休暇を取り、彼は馬を飛ばしてエリアスの元へと通い続けた。

 黄金色のポーションを飲むたびに、ヴィクターはかすかな感情の動きを少しずつ取り戻していった。

 最初は、エリアスが振る舞ってくれた素朴な野菜スープを口にした時だった。いつもならただの栄養補給のための作業でしかなかった食事が、その日は違って感じられた。

「……美味い」

 ぽつりと漏れた言葉に、エリアスは嬉しそうに微笑んだ。その笑顔を見た時、ヴィクターの胸の奥が、また少しだけ温かくなった気がした。

 またある時は、エリアスが薬草について熱心に語る声を聞いていた。穏やかで、少しだけ高い、優しい声。その声が自分の名を呼ぶ時、耳に心地よいと感じる自分に気づいた。

 ポーションの効果はまだ短く、切れてしまえば世界は再び色を失った無機質なものに戻る。そのたびに、ヴィクターは言いようのない渇望に襲われた。

 感情の源であるポーションを、そして、それを作り出すエリアスという存在そのものを、もっと、もっと欲するようになった。

 彼は、エリアスが他の村人と親しげに話しているだけで、胸の奥がざわつくようになった。エリアスが採取に出かけると言えば、黙ってその後ろをついていくようになった。

「エリアス、お前のポーションがもっと必要だ」

 いつしか、ヴィクターの口癖はそれになっていた。彼のサファイアの瞳がエリアスを捉える時、その奥には獲物を見つけた獣のような、鈍い光が宿り始めていた。それは、自分でもまだ気づいていない、独占欲と執着心の芽生えだった。

 エリアスは、ヴィクターの変化に戸惑いながらも、彼が少しずつ感情を取り戻していくことを素直に喜んでいた。感情を知らない彼が、初めて「美味い」と感じた時の、少しだけ目を見開いた表情。自分の声を「心地よい」と言った時の、どこかぎこちない様子。その一つ一つが、エリアスにとっては大きな喜びだった。

 だから、ヴィクターが自分に向ける視線に、熱っぽい何かが混じり始めていることには、まだ気づいていなかった。

 ある日、ポーションを飲んだヴィクターが、不意にエリアスの手に触れた。騎士らしい、硬く節くれ立った大きな手。その手が、エリアスの小さな手を包み込む。

「……温かいな、お前は」

 ポーションのせいではない、確かな温もり。ヴィクターは、エリアス自身から発せられるその温かさを、もっと感じていたいと思った。この温もりを、他の誰にも触れさせたくない。自分だけのものにしたい。

 その渇望は日に日に強くなり、やがてヴィクターの行動を支配し始める。凍てついていた騎士の心に芽生えた執着心は、静かに、しかし確実に育っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る