第2話:辺境の村と奇跡の兆し
あてもなくさまよい、どれくらいの日数が経っただろうか。
王都から追放されたエリアスは、身も心も疲れ果てていた。所持金はあっという間に底をつき、ここ数日はろくに食事も摂れていない。意識がもうろうとする中、ふらふらとたどり着いたのは、地図にも載っていないような辺境の村だった。
「セドナ村へようこそ」
古びた木の看板が、かろうじて村の名前を教えてくれる。しかし、その文字を読み終えた瞬間、エリアスの身体は限界を迎え、糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。
次に目を覚ました時、エリアスは簡素だが清潔なベッドの上に寝かされていた。そばには、人の良さそうな初老の女性が心配そうな顔で座っている。
「ああ、気が付いたかい。よかった。村の入り口で倒れていたんだよ」
女性は宿屋の女将だと名乗った。
エリアスは事情を話せる範囲で話し、追放された錬金術師であることは伏せた。女将は彼の境遇に同情し、「元気が出るまでここにいるといい」と、空き家を格安で貸してくれることになった。
追放された惨めな身の上が知られていないことに、エリアスは心の底から安堵した。セドナ村は、王都の喧騒とは無縁の、時間がゆっくりと流れる穏やかな場所だった。村人たちはよそ者であるエリアスを警戒することもなく、温かく迎え入れてくれた。
女将の温情で借り受けた小さな家で、エリアスは静かに暮らし始めた。絶望の淵にいた彼の心は、村の優しさに触れ、少しずつ癒されていくようだった。
それでも、錬金術師としての誇りだけは、どうしても捨てきることができなかった。手元に残されたわずかな荷物の中から、錬金器具とわずかな薬草を取り出す。
「……何もできないのは、やっぱり嫌だ」
せめて、世話になった女将への恩返しがしたい。そんな思いで、彼は回復薬の精製を始めた。
慣れ親しんだ手順で薬草をすり潰し、純水と混ぜ、弱火でゆっくりと煮詰めていく。王都の研究室とは比べ物にならない粗末な設備だったが、彼の技術は確かだった。
フラスコの中の液体が、見慣れた淡い緑色に変わっていく。それを見つめながら、エリアスは女将の優しい笑顔を思い出していた。
(女将さんが、これからも健やかで、安らぎに満ちた日々を送れますように)
それは、無意識のうちに生まれた、心からの祈りだった。
すると、不思議なことが起こった。その感謝と祈りの気持ちが、温かい光の粒子となって自分の胸からすっと流れ出し、精製中のポーションに溶け込んでいくような、不思議な感覚を覚えたのだ。
「……なんだ、今のは?」
気のせいだろうか。しかし、完成したポーションは、いつもより心なしか輝きを増し、穏やかな光を放っているように見えた。
首を傾げながらも、エリアスはそのポーションを小さな小瓶に移し、棚に置いた。
これが、彼の運命を、そして遠い地にいる一人の騎士の運命を大きく変えることになる奇跡の兆しであることを、エリアスはまだ知らなかった。彼はただ、追放された先で見つけたささやかな平穏の中で、再び錬金術に向き合える喜びを静かに噛み締めていた。
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