いくらよ、鮭になれ

二上たいら

いくらよ、鮭になれ

 本稿はいくら丼文学をこれから書きたいという人に向けた手引き書のようなものである。

 なおこの内容は、執筆年代・執筆された状況を考慮し、当時のまま掲載していることについてご了解いただきたい。




 さて、これからいくら丼文学を書きたい人に向けて、まず一番最初に言っておかなければならないことがある。


 いくら丼文学の歴史は長い。

 その始まりは歴史家によって解釈が異なるが、現在の定説では2025年9月17日だとされる。私がこれを書いている時点で8日もの時間が経過している。


 あまりにも長いこの期間に、今のところ73作品(編集注・発表時74作品)ものいくら丼文学がこの世に産卵され、すでにおおよそのアイデアは出尽くした。

 言わばいくらのレッドオーシャンだ。

 いや、この場合はレッドリバーだろうか。


 物語の構成要素は聖書で出尽くしたと言われることがあるように、いくら丼文学の基本パターンはすでに出尽くしたと言える。


 つまりネタ被りは避けられない。

 産卵口をくぐるものはネタが被らない希望を捨てよ。と、ダンテ・アリギエーリの叙事詩『神曲』にも書いてある。(書いてないし、そもそも産卵口という言葉がない)


 ではいくら丼文学はもう終わりなのか?


 もちろんそのようなことはない。

 聖書が物語の構成要素をすべて満たしていたとしても、物語が生み出され続けたように、いくら丼文学も産卵され続ける。


 つまり本稿を読んでいるあなたに最初に伝えたいことは、古典以外のいくら丼文学は勇気の文学だということだ。

 先人の偉大なる遡上を、己は超えるという勇気を持ってほしい。




 ではもっと具体的ないくら丼文学創作論について話をしよう。


 いくら丼文学の定義は下記のとおりである。


・「いくら」もしくは「いくら丼」をプロットに取り上げた作品

・メインプロットでもサブプロットでもいいよ

・短編・長編、ジャンルは問わないよ

・いくら(丼)への情熱が、タイトル、もしくは、3話以内にどーん!と出てくること

・いくら(丼)への愛ではなくとも、嫌いだという思いの丈でも構わないよ

・「いくら」と呼ばれ、実際のいくらを思わせるけど、実は鮭の卵ではない、別の名状しがたき何か、でも OK


 また企画自体が9月30日で終わるため、残りの期間で上記要素を満たすには短編が望ましいと言える。


 だが、ここで先述したネタ被りが作者に襲いかかってくる。


 短編というのはワンアイデアで話が終わってしまう。

 すでにある73作品をすべて確認して、ネタ被りを避けようとするのは手間がかかりすぎる。


 だが勇気を持って、あなたのいくらを産卵してほしい。


 そっくりに見えるいくらだが、まったく同じものはひとつとしてないのだ。

 いくらから生まれてくる鮭がすべて違う鮭であるように、私は鮭の見分けがつかないが、きっとあなたの作品と、ネタ被りした作品の見分けはつく。

 盗作するか、生成AIに全文を任せない限りは、別の作者から同じ文章が産卵されることはまずないからだ。


 なのであなたがするべきことは、あなたの中にあるいくらへの思いを形にするだけでいい。


 いくら丼と聞いて思い浮かんだことは?


 親との思い出? 恋人との一時? ギャンブルで勝った帰りにいくら丼を食べた話でもいい。

 それをそのまま文章にしてもいいし、あるいはそこからアイデアを広げてもいい。


 いくら丼を食べたことがないというのなら、ミリしらいくら丼食レポでもいい。


 むしろやってくれ。

 食べたことのある私にはできない芸当だ。

 是非読みたい。


 そもそも本稿を読み始めたということは、あなたの中になんらかのいくら丼への思いがあるということだ。


 物語とはいつだって人の思いから生まれる。

 なぜなら、ただ事実を羅列したものはただの年表だからだ。


 あなたの思いを、物語を聞かせてほしい。


 なにも恐れることはない。


 これから産まれてくるあなたの物語はまだいくらだが、稚魚としてカクヨムという大海へと旅立ち、いずれ立派な鮭になるのだ。


 さあ、いくらたち。

 今すぐ筆を取って、あなただけの鮭に成長してほしい。


 それだけを願ってこの筆を置くこととする。


(編集注・いくらとは食品として処理済みの鮭あるいは鱒の魚卵を指し、孵化することはありません)

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