ゆきの、初恋ものがたり

郷本夏生

第1話 高校入学 桜のつぼみ 

「小林ゆきのです。雪の降る日に生まれたからゆきのです(笑)。よろしくです。」

入学式の次の日、オリエンテーションの自己紹介は、恥ずかしいから、サッと済ませた。


雪国の春は遅く、4月半ばになっても校庭の片隅には雪が残っていた。高校1年、志望校にスレスレ合格したゆきのは、桜のつぼみがところどころ硬く芽吹いた校舎の窓辺で、新しいクラス、1年4組の喧騒を眺めていた。


ゆきのは成績もイマイチ、特に可愛いわけでもない。でも内向的な性格を明るい笑顔で隠し、男女問わず友人が多い。

表面的には誰とでも気さくに話せるが、心の奥では自分の居場所を探しているような、ぼんやりとした不安を抱えていた。


入学式から10日ほど経ったある日、教室の後ろの席で、ヤスが静かに本を読んでいるのに気づいた。ヤスは背が高く、端正な顔立ちで、遠目に見れば誰もが認めるイケメンだ。なのに、女子の間では不思議と噂にあがらない。 


理由は、彼の近寄りがたい雰囲気にある。成績は学年トップクラスで、放課後は自転車通学の子のロードバイクをいじったり、軽音楽部をのぞいたり、図書室で分厚い本を読んだりと、多趣味だがどこか孤高。クラスメイトが騒ぐ中、彼はいつも一歩引いて、静かな世界に浸っているようだった。


ゆきのは、ふとした瞬間にヤスの真っ黒で澄んだ大きな瞳に目を奪われた。


(まるで黒い葡萄みたい。)


そして窓から差し込む柔らかい春の日差しが、彼の黒い髪に柔らかく反射していた。


「なんか…この人懐かしい、かも」


心の中で呟いた瞬間、胸が小さくドキッとした。それが、彼女の初恋の始まりだった。


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