ある日やって来た統合失調症

脳病院 転職斎

第1話

2019年夏頃、

頭の中で何かがブチっと外れる音がして、それ以来何をやっても快楽にしか感じなくなった。


西鉄電車に乗ると、俺は乗客全員から羨望の眼差しで見られ、Instagramを開くと、俺の発明が皆んなに盗用されていて、まるでドラッグがキマったかのような快楽だった。


しかし、数日経つと、それは恐怖の感情へと変わった。


俺の家が盗撮されている、盗聴器が仕掛けられている、自衛隊の先輩が探りに来ている。


やがて俺は、日本政府、CIA、北朝鮮、暴力団、日本共産党から命を狙われるようになった。


そして迎えた27歳の誕生日、

山口の実家からシェーバーが送られてきた。


「つまりこれは、頭を丸めて出家したら命が助かるということか。」


俺はシェーバーで頭髪をバリバリ刈りだした。

嫁はシェーバーを持つ俺の腕を引き離そうとして、そげな馬鹿なこと辞めんね!と泣き叫んでいる。


「これは俺達が命を守る為に必要なんじゃ!」

俺は嫁の手を振り払い、模造刀とエアガンと包丁を装備してホームワイド和白店に向かった。


懐には天皇陛下への直訴状を入れた上で。


〜ある日やって来た統合失調症〜


どうやら俺は、

皇居に直訴に行って、聞き入れてもらえなければ腹を切るつもりだったようだ。


その矢先、

パトカーがやって来たのを敵襲だと勘違いした俺は、模造刀を抜刀して福岡県警に突撃した。チェストオオオ!


すると、

「何やっとんじゃ!きさん!武器を下ろせ!」


と、俺は警察にボコボコにされ、身体を縛られて留置所に入れられた。


「てめぇら、俺が元自衛官ってこと知った上での狼藉か!!

後で政治団体使っててめぇらのクビ全員飛ばすからな!!」


俺は取り調べを受けている間中、警察に恫喝し続けた。


警察も対抗して、なーにが元自衛官だ!このキチガイ!と怒鳴り返してくる。


そして明け方まで一睡も許されず尋問を受け、俺は終始黙秘を続けた。


その時の朝のこと、

柵の向こうから市の精神保健指定医がやって来た。


連中は、今から私達の質問に答えて下さいと尋ねてきた。


Fuck you!!


俺はずっと中指を立て続けた。

それを見て、精神保健指定医がボソッと呟いた。


「これは入院ですね。」


暫くすると俺は檻から出され、パトカーに乗せられて福岡市の最果てに送られた。


そこは精神病院の雁の巣病院だった。


〜初めての閉鎖病棟〜


2019年9月29日、

俺は雁の巣病院の保護室に閉じ込められた。


その入院初日、

俺は看護師にお金の話を持ち掛けてみて退院を試みたものの、看護師からは全く相手にされず、二重に鍵を閉められて、そこで三日間を過ごした。


それから、

最下層のB2病棟に移送され、再び二重に鍵をかけられて1週間をそこで過ごした。


俺は、主治医がやって来る度に命が狙われていると訴え続けたが、主治医からは全く相手にされず、やがて一枚扉の部屋に閉じ込められたものの何日か後に暴れてしまい、再び二重扉に閉じ込められてしまった。そして、そこで俺はようやく理解した。


そうか、出よう出ようと訴えるから退院させてくれないのだ。


それから俺は、看護師が食事を運んで来ても、ここから出してくれとは一切言わなくなった。そして、辛い時はジョン・レノンのhappy Christmasを思い浮かべて、必死に自分の中の悪魔と闘い続けた。


しばらくして、俺は開放病棟を経たのちに退院した。


しかしそれ以来、4年間喜怒哀楽が表現出来なくなってしまった。


統合失調症は、ある日突然やって来て、急にどこかへ去っていく。


頭の中に、スカラカチャカポコの音が響いている。人間崩壊。


〜季節を乗り越えて〜


そんな統合失調症の症状がなくなってから5年、俺は少しずつ感情を取り戻していった。


思えば精神病院に良い思い出なんか無いのだけど、統合失調症の時のアドレナリン全開の日々が忘れられないでいるのもまた事実。


この時の興奮と無念を伝える手段は何か無いだろうか?


そのために俺は、腑を見せつける私小説をこれからも書いていく。


I never looked higher than I could see

自分の目で見える以上の高みを望んだことはなかった


Never gave less than you have given me

君がくれたものより少なく返したことなんてなかった


The more you have taken

君が奪えば奪うほど


You turned into fakes

君はどんどん偽りの存在になっていった


I finally know now

やっとわかったんだ


Why, for heavens' sake?

どうしてこんなことになったのかってね


(Don't tell me you did not see

That I cried

Don't act so deaf and blind

Don't think that if someone's made dumb to the core

He would stay like before)

(泣いてた僕に気づかなかったなんて言わないでくれ

耳も目も塞がないで

心の底から黙らされた人間が

前のままでいられるなんて思うなよ)


So I take my life

Back from where the rain grows

だから僕は自分の人生を取り戻す

雨が降り出す場所、悲しみの源から


Die to survive

Back from where the rain grows

生き延びるために死んでやる

あの雨の生まれる場所から


Now you call me liar

'Cause you are just the

"Always-have-right-fools-majority"

今や君は僕を嘘つき呼ばわり

なぜなら君は「いつも正しいつもりの愚かな多数派」だから


I think that if someone

Starved at your side

You'd all turn your back

Won't give any dime

君のそばで誰かが飢えてても

君たちは平然と背を向けて

1セントすら恵まないだろう


(Don't tell me you did not see

That I cried

Don't act so deaf and blind

Don't think that if someone's

Made sad to the core

He would stay like before)

(僕が泣いていたことに気づかなかったなんて言わないで

耳も目も塞がないでくれ

心の奥まで悲しみに染まった人間が

以前のようでいられるなんて思うなよ)


So I take my life

Back from where the rain grows

だから僕は自分の人生を取り戻す

悲しみの雨が生まれる場所から


Die to survive

Back from where the rain grows

生きるために死んでみせる

雨の源から


So I take my life

Back from where the rain grows

Die to survive

Back from where the rain grows

だから僕は人生を奪い返す

雨が降り出す場所から

生き延びるために死ぬ

その雨の源から


From where the rain grows

From where the rain grows

From where the rain grows

(I take)

From where the rain grows

雨の生まれる場所から

悲しみが始まったその場所から

(僕は取り戻す)

あの場所から


〜それでも雁の巣病院は故郷だった〜


最後に、

雁の巣病院での思い出を書く。


ある日体育館でレクリエーションが行われた際、俺は元嫁からの暴力を思い出して長縄が飛べなかった。


その時のこと、

いつも俺に塩対応だった作業療法士から、

「ワタル、試練を飛び越えるんでしょ!飛びなさい!」

と言われた。


今までの人生の中で、俺に本音で向き合ってくれた大人は、果たしてどれだけいただろうか?


俺が生まれ変わるためには長縄に怯えているようではダメだ。


俺は、人を信じて長縄の輪の中に入った。


その時、EVISUBEATSの音楽が頭に流れた。


ふいに何故か いま 訪れた

そんな 空気が いま 流れた

誰かを 感じながら 眺めた

優しさが 胸の中 暴れた


この 時間のせい ?

この 天気のせい ?

この 景色のせい ?

この 年齢のせい ?


涙 隠しながら にやけた

言葉を 探して つまった

息を 深く 吸い込んだ音

誰にも 見られたくなかった

とたんに 急に 喉が渇いて

温くなった お茶を 飲んだ

その時 ちょうど 目があって

鼻を すすりながら 笑った


この 時間のせい ?

この 天気のせい ?

この 景色のせい ?

この 年齢のせい ?


訪れた いま いい時間

久々の いい時間

訪れた いま いい時間

もしかして いま いい時間


何も 浮かばなかったからって

何も してない訳でもなくて

何も 言う事がないくらいに

何でもない 時間が素敵で


誰でも 忘れられなくて

だけども いつも覚えてなくて

だけど ふとした きっかけで

緩やかな いま が流れる


この 時間のせい ?

この 天気のせい ?

この 景色のせい ?

この 年齢のせい ?


訪れた いま いい時間

久々の いい時間

訪れた いま いい時間

もしかして いま いい時間


何故だか 忘れてた 思い出

何故だか 捨てきれない 強がり

何故だか いま 同時に浮かんで

何故だか ふわりと 軽くなった


そんな 空気に 包まれながら

ただ それが過ぎるのも わかった

終わりを 感じながら 眺めて

お腹が すいた事に 気づいた


この 時間のせい ?

この 天気のせい ?

この 景色のせい ?

この 年齢のせい ?


訪れた いま いい時間

久々の いい時間

訪れた いま いい時間

もしかして いま いい時間

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ある日やって来た統合失調症 脳病院 転職斎 @wataruze

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