話しの題名っていちいちそんなもんないんだよ。でもないならないで結局こんらんするんだよ。

次の日。 嫌な深酒と良い深酒がある。嫌な深酒とは兎に角渇きと頭痛だ。

「…………」

笑いが絶えなかったからだろう。今日は良い方だ。目は覚めてるがまだ夢見心地。 夢と現実の境目。そこに暫し鎮座しているようだ。

空はまだ白んでいないだろう。 そして、森の空気は冷たくて、静かで心地よい。

――ザッ、ザッ。

少しニヤけてるだろう俺の耳に、重い足音が草木を踏むような音が届いた。

「……ん」

寝ぼけ眼で上半身を起こすと、そこにいたのは……黒鬼だった。

「はっ……」

一瞬で目が覚めた。 身体が固まる。 昨日、キャッツが気絶させたあいつが、目の前に立ってる。

“や、やべえっ!仕返しにきたっ!?”

俺の身体の中のアラームが鳴り響きそうになった瞬間だった。

「っ…………」

黒鬼は俺に向かって、ゆっくり片手を上げる。 “待て”のジェスチャー。 もう片方の手には、小さな本。 いや、黒鬼がごつすぎるから小さく見えるだけか。 その本をペラペラと捲って、口を開いた。


「お、おれ……てき……じゃない」

ん……なんだ……?

心地よい方とはいっても、二日酔いには違いない。

全っ然、頭が回らない。 黒鬼はまたページを捲って、言葉を探すように喋る。

「おまえ、たち……おそってきた、おもった。でも……おまえ……くいもの……くれた」

「あ、ああ……」

俺は返事をしながら、黒鬼の泥だらけの顔を見た。 田んぼの泥が乾いて、前面カチカチになってる。 こいつも今さっき起きたのだろうか? 田んぼで。

「おれ……おまえに……お、おん?……ある」

「いや、いいって。俺らも驚かしてしまったんだと思ったし、結果的に気絶させちゃったしさ。まあ、やったの俺じゃないけど」

黒鬼はまたページを捲る。 そして、ゆっくりと口を開いた。

「おれ……おまえらと……すごす。……おん、かえす……」

「ええ、いや、本当に大丈夫だぞ? 恩とか大げさだし、大した理由もないしさ」

そう言っても、黒鬼は首を横に振った。 たぶん、行く場所がないんだろう。

俺は少し考えて、頷いた。

「……わかった。じゃあ、今から仲間ということで」

ゴリラとジロさんとキャッツが起きてきた時、黒鬼が普通に座ってて、全員が固まった。 「え、なんでいるん?」

「えぁ……なんでぇ? 黒鬼けぇ……?」

「……あ、昨日の……」

俺が説明すると、みんな納得はしたけど、名前を聞いた時だけは困った。

「で、名前は?」

黒鬼が口を開いた。

「……なまえ?……ぐるくぅあ△〇✕□〇✕せいるぅ」

「……え?え? なんて。わからん」

何度か聞いたが聞き取れない部分と、発音できない部分があって、もう黒鬼だから、クロニーでいいだろうということで、本人も納得したのでクロニーと呼ぶ事にした。

「じゃあ、クロニー、よろしく。」

こうして、なんか、黒鬼――クロニーが仲間になったのだった。






クロニーが仲間になってから、数日が経った。 今じゃ俺たち、全員コンビニで働いてる。 ゴリラも、キャッツも、ジロさんも、そして黒鬼だったクロニーも。 制服が似合ってるかどうかはさておき、働いてる姿は……まあ、悪くない。


昼休憩。 バックヤードの段ボールの山に囲まれながら、ゴリラとキャッツと俺は、缶コーヒー片手にぐったりしてた。 キャッツはマタタビ酒をちびちびやってる。ゴリラは段ボールを枕にして寝かけてる。 俺は、ただぼーっとしてた。

その時だった。 店内から、なんか騒がしい声が聞こえてきた。

「……ん?」

俺たちは顔を見合わせて、バックヤードの監視モニターに目をやる。 映っていたのは、レジ前。 ロピアン先輩は、頭を下げた姿勢で、両手を差し出してる女子高生に困った顔を向けていた。

「……なんや、手紙もろてんか?」

ゴリラが呟く。 キャッツは目を丸くしてる。 俺も、言葉が出なかった。

ロピアン先輩は兎に角困った顔で苦笑い。 女子高生は、顔を真っ赤にして、何度も手を押し付けてる。

埒があかないと、ロピアン先輩が手紙を受け取った瞬間――彼女は走った。 開きかけてる自動ドアを、突き破って飛び出していった。

「……うわぉ、すごいな」

「突き破れんねんな……自動ドアって」

「初めて見ました。……何かの使い手?」

俺とゴリラとキャッツが呆然と見つめるモニターに、手紙を持ったまま、しばらく動けずにいるロピアン先輩が映っていた。

「おつかれっすー……」

休憩が終わって、俺たちは交代。 ロピアン先輩とジロさんとクロニーがバックヤードに入っていく。 俺は出てすぐレジに立ち、ゴリラはガラスに段ボールを貼り、キャッツは外掃除に出た。


しばらく何事もなく時間が進み、ゴリラとキャッツが駐車場の隅でキャッチボールし始め、俺はと言うと、レジの椅子に座り半分寝ていた時、一人の女性が来店した。 ゆっくりと店内に入ってきて、真っ直ぐレジに向かってくる。


タバコか……?


そう思い、気怠いながらも立ち上がった俺の前に、レジを挟んで立っている女性に俺の何かが撃ち抜かれた。

「えっ……」

透き通りそうなほど白い肌に長い黒髪、切れ長の目で鼻が高い、スーツ姿の女性。

こんな田舎町に不釣り合いすぎる程綺麗だった。

外人ともこれまた違う綺麗さ……。鬼はあんま見たことないし、よく知らんけど、多分、白鬼って奴?かもしれん。


「モモ太郎はいるか?」

声は低く、静かで、でも確実に何かを持っていた。

俺は一瞬だけ迷って、でもすぐに答えた。

「……俺だけど」

女性は、ほんの少しだけ目を細めた。

「そうか。……私は、貴様を始末しに来た」

「……は?」

俺は一瞬、言葉の意味を理解できなかった。

でも、すぐに“ああ、そういうやつか”と納得した。

「いや、ごめん。殺し屋か何か知らんけど、こっちは仕事中なんだわ。レジ番。忙しいのよ」

女性は、じっと俺を見つめていた。

そして、何故か素直に頷いた。

「……仕事中か。では、改めた方がよいか……」

「うん、そうして。あと、できればシフト外で頼むわ」

女性はそのまま、店内の隅に移動して、雑誌コーナーの前で立ち止まった。


「え、待つ気か……? まあ、いいか」

俺は、雑誌を立ち読みし始めた女性を見ながら思った。



――なんだこの日常。なんだこの非日常。


ゴリラとキャッツがキャッチボールしてる駐車場。

ジロさんとクロニーは段ボールで何か作ってるバックヤード。

そして、殺し屋が雑誌を読んでる店内。

ロピアン先輩は賞味期限切れ弁当でうんこ中……。


「皆、人語通じるから忘れてたけど……人間俺だけじゃないの……?」


ちょっと、落ち着こうと思い、バックヤードで一服することにする。


「なあ、ジロさん」

バックヤードに戻ってすぐ、俺はジロさんに声をかけた。

「ちょっと、やばいの来たかも。えらい綺麗だけど、俺を始末しに来たって女が」

ジロさんは、段ボールの隙間から顔を出して、俺の顔を見た。

「ああん? 始末しに来たってぇ、じゃあ、なんでおめぇ、始末されてねぇんでぇ」

「いや、仕事中だから断った」

「断れんのかよ、なんでぇそれ。どいつでぇ」

ジロさんは眉をひそめて、監視カメラのモニターに目をやった。

雑誌コーナーの前に、まだあの女が立っている。

ジロさんは、しばらくじっと見ていたが、やがてぽつりと呟いた。

「……これぁ、白鬼でぇ」

「……は?」

「だから、こいつは白鬼でぇ。滅多に自分の城から出ねぇのに、なんで来やがったんでぇ……?」

ジロさんは、モニターを睨みながら、何かを考えていた。

俺はタバコに火をつけて、隣にいたクロニーに目をやる。

クロニーは、黙ってモニターを見ていた。

表情は変わらないけど、何かを感じ取ってるようだった。

「……ジロさん、行くのか?」

「あぁ。すぐに手は出さねぇだろうし、聞いてきてやらぁ」

そう言って、ジロさんは制服の全身タイツの両袖を捲ると、バックヤードを出ていった。 俺とクロニーは、モニター越しにその様子を窺う。

ジロさんは、雑誌コーナーに向かって、ゆっくりと歩いていく。

アリスは、ジロさんの気配に気づいたのか、顔を上げた。

二人は、言葉を交わしている。 何を話してるのかは聞こえない。

でも、ジロさんの顔は、いつものふざけた感じじゃなかった。

俺はタバコをくゆらせながら、モニターを見つめた。

クロニーも、じっと画面を見ている。

「……白鬼って、そんな珍しの?」

クロニーは、頷く。

「……おれも……そんなにみたこと、ない。しろおに、は、あたまがいい……せんとう、むき、じゃない」

俺は、クロニーの言葉を聞きながら煙を吐き、モニターの中のジロさんを見続けた。




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