指名を手配する。言葉というのは解体すると意味が違って見える。そして、それは自分の主観外でも変わるものだ。

狭いバックヤードの片隅。 テーブルの上に置かれた新聞を囲んで、俺とゴリラとジロさん、そしてロピアン先輩が顔を突き合わせていた。

「……やばいな」


俺がぼそりと呟くと、全員が同じ顔をして新聞を見つめる。そこには俺たちの名前が、でかでかと指名手配として載っていた。


「なんで、俺らが載ってるん? 指名手配されるほど悪いことした記憶ないねんけど」


ゴリラの言葉はごもっともだ。ほんとに記憶がない。

まあ……あるとすれば、ジロさんの下着泥や、コンビニ窃盗くらいだ。犯罪ではあるけど、指名手配―――ましてや、人間側じゃなくて鬼側でそうなるようなことした覚えはない。キンジロウと話しただけだし……。


「キンジロウを殺ったように書かれてるぜぇ。どうなってやがんだ?」


俺の考えとシンクロするかのように、眼鏡を鼻に掛けて新聞を詳しく読んだらしいジロさんがそんなことを言いやがった。


「いっや、殺ってねえし! つうか、あれ俺たちが倒せるような鬼じゃねえしっ! なんでそんなことなってんだよ!」


「やんな! つうか、どっちかって言うと、モモ太郎、仲良くなってたし、そのままどっか行ったよなあいつ!」


俺とゴリラが同意し合っていると、難しい顔をして新聞へ視線を向けていたロピアン先輩がぽつりと言う。


「……だから、じゃないかな」


俺とゴリラとジロさんの視線を受けたロピアン先輩は、依然、眉間に皺を寄せ、新聞へ視線を向けたまま続ける。


「頭鬼会館も、君たちがキンジロウを倒したとは思ってないと思うんだけど、実際、キンジロウは会合に現れず、行方不明になってしまった。だから、最後に関わった君たちが……武力ではないにしろ、キンジロウを退けた君たちが、脅威とみなされた、と。……僕にはそう見えるね」


心当たりが凄まじく、俺の足は微かに震えた……。キンジロウの奴、俺のテキトーな言葉と案内で……マジでドラゴン退治行ってしまったんだ……。人間で言う国会みたいなの放り出して……。


「頭鬼会館も、対応を早くしないと、赤鬼の暴走を招きかねないから仕方ないところもあるんだと思う。ただ……これは不味いことではあるよ。かなりね……」


目を伏せるロピアン先輩は、俺たちが物凄い馬鹿を演じて面接を受けた時と同じ哀れみが見て取れた。……いや、あの時よりもっと哀れんでいるのは確かだ。


「まじ、かぁ……」


言葉なのかため息なのかわからない。そんなものを吐いた、その時だ。


「全員でさぼりとは、いけません。いけませんよ、ほんとに」


入り口から顔を出したテンチョウに、俺たちは飛び上がるほど驚いた。 慌てて事情を説明するが、テンチョウは涼しい顔で言い放つ。


「それはそれは大変ですねぇ。しかし、仕事放棄も大変です。指名手配になろうと、仕事はしていただかないといけません」


「そ、それは……」


どんなにプライベートが緊急事態でも、金と労働で回っている現代社会では、“今を生きる”それを最優先せざるを得ない……。分かっちゃいるけど、凄まじく嫌だ。早々とニートに戻りたい。だが、そんなことは言えないわけで……。


「すいません。仕事に戻ります」


「やな。……客前出てええんか分らんけど」


「しゃーねぇなぁ、次はスポーツ新聞のエロいページ読むけぇ」


結局、俺たちはしぶしぶ仕事に戻り、その日をなんなく終えた。


「じゃ、じゃあ、皆、お疲れ様。あ、あとっ……くれぐれも気を付けて」


閉店後の店の前、心配してそう言ってくれるロピアン先輩へ頭を下げると、俺とジロさん、ゴリラの三人は寝床にしている森へと帰る。


「はぁ……」


どんだけ不安なことや嫌なことがあっても、地球は回転し、夜が来て朝も来る。個人の事情の外―――自分の外は何も変わりはしない。


「今日は早く寝よ。……忘れよ」


「そうやな。……って、言いたいけど、流石に指名手配は忘れられん。つうか、忘れたあかん気がするわ」


「ぬぅぁ? 気にすんねぇ。そんな事よぉ」


いや、気にするわ。馬鹿が。


と、ジロさんに思いながら、いつもの森へと足を踏み入れた時。


「ん……?」


俺は違和感に気づいた。 ――消したはずの焚火が、灯っている。


「おい……なんか……」


「ああ。……焚火消したで。火事だけは気を付けてるし」


「じゃぁ……誰が居やがんでぇ?」


寝床にしている場所へと息を殺して三人で近づく。


「えっ……だれ……」


焚火の前。胡坐をかいて座っている黒い肌で赤い目をした大柄の男がこっちを向くように座っていて、思いっきり目が合ってしまった。


「うおおおおおっ!」


大柄の男は雄たけびを上げ立ち上がる。


「やべぇっ!あれぁ、黒鬼でぇ!!」


ジロさんが叫ぶ。


「ええっ、黒鬼っ。黒い鬼とか居んのっ!」


どうすればいいっ!と、テンパりながらあたふたしつつも考えるが、黒鬼は更に雄たけびを上げると真っ直ぐに俺たちの元へと走ってくる。





「え、いや、やばいっ!ちょ、とりあえずっ―――飛べぇええ!!」


「っしゃっ!―――ほいっ!」


「おうりゃっだぜぇ!!」


あくまでも左右にだ。俺は左右に飛べという意味で言った。



当たり前だ。真っ直ぐに黒鬼が両手を広げて走ってくるんだからな。



だが―――。


「PKかあほ!!なんで上に飛ぶっ!!」


そう。テンパり過ぎた俺たちは、サッカーのPKの壁の様に真上に飛んでいた。


アドレナリンというやつか。飛びながらスローで顔を見合わせた俺たちは―――。


「うごぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


「―――っぐぁっ……!!」


「―――ぶふぇっ……!!」


「―――るどる、ふっ……!!」


俺たちは黒鬼のタックルをまともに食らい、背後の田んぼに派手に吹き飛ばされた。


「っぐはぁっ……」


泥で助かった……。物凄い痛いけど、クッションとなってるから……。

アスファルトは大根おろしみたいに……なるから……アスファルトじゃなくて、助かった。




「はぁっ……ってて……」

いろんな部位の鈍痛に耐えながら身を起こすと、黒鬼はもう目の前に迫っていた。


「あっ」


――死んだ。


そう思った瞬間だった。


「っしょっ……!」


小さな影が、俺と黒鬼の間に飛び込んできた。

暗がりで見えにくいが、確かに小さいなにかがそこにいる。

シルエットと風景の堺から見たことある形。いや、頭のシルエットと言うべきか……。


浮き上がったその頭の形が凄く見たことある。



「猫……?」 


思わず口を突いて出ていた。


だがその小さな猫は、俺の視点が定まって、認識する前に素早く消えた。


「っ……」


軽やかに跳び上がっていた。


「……ふっ」


そして、黒鬼の背後へと着地した。


「ぐぉおおおおお―――ぐふぅっ……」


刹那、黒鬼は前のめりに崩れ落ちる。



「え……助かった……?」


何この一瞬。


「ま、まあ……いや、よかった……?」


安堵の息を漏らした俺の耳に、背後からジロさんの叫び声が飛び込んできた。




「おお! おめぇ! キャッツ! キャッツじゃねえけぇ!」


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