Episode. 1

 大国に挟まれた小さな国、ラーセル王国。

 国王エドワード1世には、ひとり娘の王女セラがいた。

 そしてその王女セラは明日、16歳の誕生日を迎えようとしているのだった。


「セラ様ー!どちらですかセラ様ぁー!!」

 王女付きの女官長エリザは、朝からずっと城中を駆け回っていた。

「どうしたのですかエリザ殿。そんなに慌てて」

 普段は冷静沈着なエリザのあまりの慌てた姿に、何事かと思った衛兵は声をかけた。

「王女様のお姿が見えないのです!明日のための準備がまだ沢山残っていらっしゃるというのにっ!」

「またですか…」

「えぇ…。もう、王女様のお天馬には本当に困ったものでございます!」

 エリザは深いため息をついた。

「あのぉ…」

 そこに、若い侍女が恐る恐るエリザに声をかけた。

「先刻、王女様らしき方が展望塔の方に行かれるのをお見かけしました…」

「それは本当ですか!?」

「はい…。ちらりと後ろ姿しか見えませんでしたが、あのお召し物とお髪の色は王女様かと…」

 それを聞いたエリザはすぐさま展望塔へと向かった。

 その頃、展望塔では、望遠鏡を覗いている豊かな栗色の髪の少女の姿があった。

 彼女の見ている先は、城下の町の様子だ。今朝から城下では、明日に控えた王女の16歳の誕生日を祝う祭の準備の真っ最中である。

「わぁ…、なんて楽しそうなの!」

 そう呟き、うっとりと望遠鏡を覗いていると、けたたましい足音が階段を登ってくるのが聞こえてきた。

「まずいっ!」

 彼女は急いで隠れようとしたが、運悪く、周りに隠れられるような場所はなかった。

「セラ様っ!!」

 息を切らして現れたエリザは、彼女の姿を見た途端叫んだ。

 そう、彼女こそ、ラーセル王国の王女セラだ。

「お、おはよう、エリザ…」

 エリザの顔は、走ったからか、怒りのためか、真っ赤になっていた。

「何が『おはよう』ですか!今朝私が貴女様を起こしに参った際に、空っぽのベッドを見てどれ程驚いたことか!」

「それは申し訳ない…」

 セラはエリザのあまりの剣幕と憤怒の表情に、目を逸らして縮こまった。

「それになんですかその格好は!寝巻きのままで、お髪も整えられずに歩き回るなど、王女どころか淑女としてあるまじきことでございますよ!!」

「はい…」

「常日頃から申し上げておりますが、もっと王女としての自覚をお持ちください!!」

「ごめんなさい…」

 そう言いながらも、無意識にセラの目線は城下の方に向いていた。

「セラ様、ちゃんと聞いておられますか!?」

「え!?えぇ!もちろん!!」

 セラは慌ててエリザの方に向き直った。

「…でも、どうしても気になってしまうのっ!」

 セラは我慢できず、デッキの手すりから身を乗り出した。

「危ないっ!!」

 エリザは血相を変えて、咄嗟にセラの肩を掴んだ。

「あら、大丈夫よ。このくらい」

「もう、私、心臓が止まるかと思いましたわっ…!」

「本当に心配性ね。…ねぇ、エリザ」

 息を整えながらも、珍しく深妙そうなセラの声色にエリザの表情はすぐに真面目な表情に切り替わった。

「普通に、平凡に生きるとはどんなものなのかしら。私は王女として生まれ、何不自由なく、とても恵まれた環境で育ったわ。それにはとても感謝しているけれど…、自由とは言えないわ…。それに、城の外のことを何も知らない。実際に国民が普段どのような生活をしているのかを全く知らない。それなのに将来、この国を正しく導いていけるとは、私には思えないのよ」

「セラ様…」

 このお方は、国民の立場で考えることができる。先を見据える能力がある。普段は気まぐれだが、やはりこのお方は次期女王に相応しい。

 そうエリザは確信した。

「さあ、このままここに居ては風邪をひいてしまわれますよ。そろそろお戻りになられた方が。明日は大事な日なのですから」

「そうね…」

 セラは後ろ髪を引かれながらも、展望塔を後にした。

 

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