ひそかな教会と病院と
芸術前線集団
機械が止まれば世界も止まる
僅かな美しい音色が、そっと雨粒と共に迫りくるような、そんな夏に。少女は傘をさして深海のような黒と青色の大地をカッカカッカ歩いていました。白と黒で彩られたコントラストの空が少女の真上で優雅に飛んでいて、その下で少女は美しく飛び跳ねているのです。少女はうきうきとした気分で買い物をし、その帰り道だったのです。麦のわらで作られた少し大きな鞄を手にかけて雨だまりをスイスイよけていっていました。
「あの子まだ平気かしら、あんなことがあって、それでけろっとした顔なんですもの。でも、きっと苦しんでるんだわ。痛んでるんだわ。どうしようもないほどに。」
そう思いながら、石造りの古風な橋を渡って狭い住宅地の中を抜けて小さなおんぼろの家にとまりました。窓からは小さな花が見えて、外の小屋には活発そうな犬がすんやりと居眠りをしているのでした。
少女がただいまというと少女の弟がおかえりと元気な声で言いました。
「ねえさん、どうでした。いい花はありましたか。」
と少し興奮気味に話し、少女は
「えぇ、いい菊の花があったわ。とても立派なのが、ほら。」
そういって弟に大きな菊の花を見せると「うわぁすごいや、これなら母さんも喜ぶね。」とそういって花束を両手で支えながら面白そうに眺めていました。
「京ちゃん、今日はちゃんと教会に行った?」
「、、、ううん」
と元気のない返事をして途端にしょぼくれた弟は申し訳なさそうに花束を置いた。
「どうして行かないの?なにか嫌なことでもあったの?」
そういうと弟は決まりの悪そうに服をもじもじさせながら
「みんな僕のことを笑うんだ。ねえさんが居なきゃ泣く泣き虫だって。」弟は涙ぐんでぐすんぐすんと言わせていた。弟は昔から気弱で泣きやすくよくからかいの的となっていました。そこで少女が弟を守っていたら、今度は男のくせに女に守られていると、またいじめられたのです。
「そんなことくらいで気にすることないわ。ヨブだってみんなから嫌われて、神様が信じられなくなりそうになっても、友に助けを求めて、最後は主自らが悟されたのだから。」
「でも、僕そんなに立派じゃないよ。みんな僕を馬鹿にするし、弱虫だし。」
「ううん、違うわ。貴方は馬鹿なんかじゃないわ。確かにすぐ泣いちゃうけど、でも貴方はいっぱい本を読むし、姉さんのわからない本だって読めるじゃない。」
「そうかな?」
「そうよ。だから、自信をもって、教会に行くの。そして馬鹿にする子がいたら憐れんであげなさい。馬鹿にし返しちゃだめよ。そうじゃなく、耐え忍んで、憐れんであげるのよ。そうすれば、きっとキリスト様がみてくださるはずよ。」
そういうと弟は、うん、とか細い返事をして協会に向かっていった。
「あの子はどうしてこんなにも不幸でなければならないのだろう。いくら天国に行けるからって、これじゃあんまりじゃありませんか。パウロ様、貴方のいうように私たち兄弟は苦難を糧に生きています。けれど今私たちが本当に欲しいのはキリスト様のなされたような救済なのです。病を治し、パンを分けてくださる、そんな癒しが。」
そういった後に少女はハッと自分の恐ろしい考えに嫌悪した。それがなぜ恐ろしいのかわからなかったのですが、ただこの考えが、キリスト者としての恥じであるかのように彼女はこの考えを振り払いました。
2、木漏れ日止まれ
少女はネオンと煙の街へ。そこには巨大なコンクリの塔があり、それらには幾万ものガラスが張り巡らされて、四角形のそれらが軍隊のように規則正しく張り巡らされており、その窓の奥には大人たちが必死になって生きようと努力していまいした。その人達を嘲笑い、ふんぞり返っている人をみると、その人たちはさぞ偉くて、この人と言えば大したもんだと言われるような人々なのでしょう。
その無機質なコンクリの合間合間に白く儚い花が咲いて、道路には今にも死にそうな木や草たちが、塔の隙間風でゆらりゆらりと震えています。その塔達の真ん中に包丁で線を入れたような美しいまっすぐな川がありまして、その川に揺られて多くの尼さんたちがキリスト様に祈りをささげているのです。少女は、しかし、この光景が嫌いでした。まるで自分はこんな人間になんてなりたくないというように。
バスのステーションに大人たちが止まってこんなことをしゃべりだしました。
「あぁやっぱり赤だったね。違うと信じてたんだけど、やっぱりね。」
「仕方ないさ。あれは伝染病より恐ろしい。感染したら最後。もうおしまいさね。」
少女は大人たちを青白く透き通った目でじっと見ているとそこにバスが止まりました。大人たちはそのバスに乗りまたその話を繰り返し、繰り返し話しながら乗ってゆきました。
「どうしてそんなことを話すのだろう。きっと誰かの悪口に違いない。それなら、どうして?」
少女は訳も分からない光景を、過ぎ去ったバスの排気ガスによって忘れてしまいました。
そのあと自分の乗るバスが来て、それに乗って目に見える地平線を乗り越えて霧がかったあの輝く虹まで行くように。少女は闊活に、そしてなぜか淋しく、泣きたくなるような顔で静かに晴れた陽の暖かさを眺めていました。
バスの中ではヴェルヴェットの生地に当てられた心地よい眠気がし、うとうとしているとき、子供たちがひそひそ話ているのが聞こえてきました。
「それでね、しょう君泣いちゃったの。おかあさんのお墓の前で。それで大人たちがキリスト様にお祈りしてたらね。しょう君がどうして神様はかあさんを奪ったんだって、そう怒鳴ったの。そしたら、しょう君のおばあちゃんが泣いてお父さんがすごく怒るの。でも、私ね。そんなにしょう君悪いこと言った気がしないの。多分しょう君寂しくて、悲しくて、どうしようもなかっただけなんじゃないのかな。」
「……あいつ、俺に泣きながらこう言ってきたんだ。お前は幸せだけど、俺は不幸だ。お前は生きてるけど、俺は死んでる。生まれてくるべきじゃなかった。こんな風になるくらいなら。って。」
少女はそれに耳を傾けた。それを自らの弟に当てはめて。
――
少女は駆け足で母のもとに向かいました。かあさんかあさんかあさん、そう心の裏で唱えながら。片手には十字架を握りしめて。
「おかあさん」
「あら、美雪、どうしたの?」
そこにいたのは、いつも通りの暖かい、入道の雲のような朗らかさをもった優しい、母の姿でした。
「おかあさん、わたし。。。」
「いいのよ。もう。私、何とも思っていないからね。」
「でも、」
「でもじゃないわ。いいのよ。これで。ねぇ、空を見た?立派な虹がかけられているじゃない。あれはね、神様との約束だから、美しく、雄大なのよ。」
少女は死んでしまう思いがしました。心臓が強く握られ破裂するような。優しい母の姿。無残な、干からびていってしまう恐れのない母。そんな母の姿に、なぜだか泣きたくなる思いがしたのです。
母は空を眺めて静かな唄を歌っていました。その歌はどこかで聞いたような歌で、ほほえましく、悲しく、遠い響きのする歌でした。窓の外にいる鳥たちが一斉に飛んで行った。水平線の見えるこの病院から、あの虹の向こう側に見える小さな丘の真っ白な十字架をめざして。草木が風で揺れて、銅青に染まった大地がゆったりと波に揺れて、この病院の壁に打ちつけられて、病院は船のように揺らいでいました。少女は、それが何だか突然憐れに思えて、全く意味が分からなく、何の意味もないような気持がして、それで、ただ悲しくて、両手を顔に伏せて静かな涙を流してしまいました。
「あら、どうしてなくの?泣かないで。ほら、ダメじゃない。もう大人なんでしょ?」
するとどこからともなくラッパの音色が1,2、3,と荘厳な響きで世界が満たされたのです。7つの音色が鳴り響き、窓の外は色彩の激しい真っ青な空が、神聖な霊に満ちた畏ろしい金剛石色になっていたのです。その空は多角面で構成されていて、その凹凸から七人の偉大な天使たちがラッパを持っているのがわかりました。母はそれを見て手を組み合わせて真っ直ぐな祈りと共に
「聖なる主よ、神の子、そして私の子よ。どうかこの子にも祝福を、分けてくださるように。」
そういって母は静かに涙を流すのでした。
ひそかな教会と病院と 芸術前線集団 @03603
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