柿ピー

20××/11/10 担当:本願

昨日蛇を捕まえて食べました🐍

マムシです。初めて出会ってびっくりしました! 竹原さんにもぜひ見せたかったんですが、焚火で焼きたかったのでその場で食べちゃいました。結構弱っていたので簡単に捕まえられました。でも普通に危ないので、竹原さんはマムシと出会ったらちゃんと逃げてください。


ちなみにマムシの毒は傷口に触れるとヤバいんですけど、毒を摂取する分には無害なんですよ! だから舐めても大丈夫なんです。不思議ですよね。



20××/11/12 担当:たけはら

蛇!? マムシ!? 危ないよ~気を付けてね、ホントに……。

俺は蛇を見つけたら無害でも一目散に逃げるから大丈夫。あと食べないから。

マムシの毒自体が無害なんて知らなかった。噛まれなきゃいいってことか。


てか最近寒くない? この間まで暑かったのになぁ。アウターとか、俺のでよければあげるから言ってね。


あ、そうだ。今日友達がうちに遊びに来るから、夜ちょっとうるさいかも。

うるさい時は遠慮なくLINEか壁ドンして! 頑張って友達黙らせる。








「こんなもんかな」


 俺は交換日記を書き終えて、ボールペンを置いた。

 本願くんとの交換日記は滞ることなく順調に進んでいたが、本願くんはもっぱら調理した生き物の話ばかり書いてくる。


(もっとこう……お悩みとか知りたいんだよな。悩みないならいいんだけど)


 俺が書く時は、なんとなく日常生活で助けられる部分がないか探るようにしている。こちらから提案すれば、本願くんは意外と素直に「いいんですか!ありがとうございます!」と受け入れてくれることが多い。たぶんアウターも貰ってくれるだろう。

 水原さんが言っていた通り、本願くんはやはり自分から人を頼るのは苦手なのかもしれない。


「あ、こんな時間か。駅行かないと」


 時刻は16時半。

 17時に最寄り駅──とはいえハッピーコーポから徒歩20分かかる駅に、友達の坂下を迎えに行く予定だった。

 スマホと財布、鍵をポケットに突っ込んで、交換日記を手に持って部屋を出る。本願くんのポストに日記を入れてから、俺は駅に向かった。









「相変わらず辺鄙なところにあるアパートだな」

「こんな家に遊びに来ようとするの坂下だけよ」


 坂下と合流し、駅近のコンビニで酒やつまみを買い込んでハッピーコーポに戻ってきた。

 坂下は大学時代に知り合った友達で、いまだに仲良くしている数少ない人物だった。俺が人と関わりたくないタイプだから、というわけではなく、30歳を超えると昔の友達はどんどん結婚し家庭を持ち始め、誰も独身フリーターの相手などできなくなってしまうからだ。とはいえ坂下は独身なだけで立派な会社員であるため、数カ月に1度会うかどうかくらいだった。


「普段行かない東京を知れるのって面白いからさ」

「そうやって人の家を見世物みたいに」


 坂下はハハと笑いながらハッピーコーポの敷地内に入る。普段丸の内で働いている坂下は、こういう人気のない場所が好きらしい。

 建物に目を向けると、電球の切れかけたライトのそばに人影があった。


「お、本願くん。こんばんは」

「竹原さん。こんばんは~」


 人影はバケツを持っている本願くんだった。バケツの中には川魚が3匹ほど入っている。


「今日の晩御飯?」

「はい! 結構釣れたので、今日はご馳走です」


 そう答えた本願くんがチラッと坂下を見て、会釈をした。誰だろうという顔だ。


「こいつは友達の坂下。坂下、この子はお隣さんの本願くん」

「はじめまして~坂下です~今日竹原の家で飲むからうるさかったらごめんね」

「坂下さん、はじめまして。いえいえ、楽しんでください」


 本願くんはお辞儀をして102号室に入っていった。

 俺たちも103号室に入り、買ってきた酒やつまみをテーブルに並べて、さっそく乾杯した。


「竹原はどっか就職した?」

「してない。変わらずフリーター。デリバリーばっかり」

「お前大学ちゃんと出てるんだしまだ再就職イケると思うよ。つーか、たぶん今が瀬戸際であと数年したら……」

「怖いこと言わないでよ~頑張ってそういうこと考えないようにしてるんだぞ」

「何を頑張ってるんだよ」


 こんな感じで最近仕事どうとか、彼女できたかとかそういう近況報告を兼ねた雑談をして、缶ビールも2本目になったあたりで坂下が思い出したように言った。


「そういえばさっきの子、高校生? 制服だったけど」

「ああ、うん。夏ごろに仲良くなったんだ。家庭の事情でひとりで住んでてさ。偉いよな」

「へえ……」


 坂下は缶ビールに口をつけて黙った。俺は柿ピーをボリボリ食べていたが、何かを考えるように止まった坂下を見て、柿ピーをつまむのをやめた。


「なんすか、その意味深な『へえ』は」

「いや、前に俺が遊び来た時……5月だったかな。その時は隣におばさんが住んでたと思って」

「え、そうだっけ?」

「そうだよ。あの日は俺の親戚が亡くなって急に帰らないといけなくなって、11時過ぎに部屋出てさ。お前めっちゃ酔ってたから覚えてなさそうだけど」

「いや、覚えてる。思い出した。俺酔ってて坂下を送りもせずに半分寝てたよな」


 床で寝て、翌朝テーブルにも床にも柿ピーが散らばっている部屋で目が覚めたのだ。


「そしたら俺が部屋から出たタイミングで隣からおばさんが出てきたんだよ。それで挨拶したけど無視された」

「え、嫌な住人だな」

「あ~でも、無視というか……その人深刻な顔で数珠みたいなの握り締めててさ~俺に気づいてなかったのかも。会話になっても怖いなと思ってすぐ離れちゃったんだ」


 隣に高校生が住んでいる印象はなかったが、おばさんが住んでいる印象もなかった。

 というか、そもそも俺は隣に誰も住んでいないと思っていた。ハッピーコーポは入居率6割程度の過疎ったアパートで、空室は多い。


「まぁでも、あの高校生のお母さんとかだったのかもな。子どもの一人暮らしって不安だろうし」

「いや、本願くんのお母さんは小さい頃に離婚して出て行ってるんだ。頼る親族はいないって言ってたから違う気がする」

「あ、そんな複雑な家庭?」

「うん。父親は蒸発したらしい」

「うわぁ、そらすごいな。でも……そうすると、ここ半年以内に隣に住み始めたっていうのはどういうことなんだろ。元から住んでたわけじゃないもんな、おばさんの件があるから」


 確かに、と思った。

 でも、つまりどういうことなのかまではわからなかった。

 もしかしたら隣室から出てきたおばさんを坂下が見間違った可能性もある。酔っていただろうし、違う部屋の住人と間違うこともなくはない。


「……あんま詮索するもんじゃないか。はい、カンパーイ」


 俺が黙っていると、坂下はそう言って缶ビールを乾杯してきた。

 その後ワイワイと飲み続けたが、坂下の指摘は心に引っかかり続けた。

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