カラス
本日9月20日。現在時刻は16時3分。
高校の授業が何時に終わるのか俺は知らなかったが、本願くんが放課後に部活をやっているようにも見えないし、とりあえずスマホを開いた。
『今日夜暇? ご飯いかない? おごるよ✌』
本願くんが酷い風邪をひいてから10日ほど経っていた。すでに彼は回復していて、昨日は看病のお礼にとコイの唐揚げもいただいた。
その唐揚げのお礼に、というわけではないが、本願くんは風邪でダウンしている最中に誕生日を迎えたのを俺は知っている。風邪で誕生日が終わってしまい、更に祝ってくれる家族もいない本願くんをお祝いしたくてご飯に誘ってみたのである。
(なんか文がチャラかったな……)
自分が送った文がナンパした女の子相手に送る文のように見えて反省していると、既読がついた。
すぐに返信来そうだなと画面を見ていると、突然チャイムが鳴る。
──ビンボーン!ガチャ。
「え?」
「竹原さん、こんばんは。今日夜暇です」
「いや、早すぎる」
「今日は暇でずっと部屋にいました」
本願くんは最近チャイムを鳴らせば俺の部屋に勝手に入っていいと思っているらしく、今も俺がドアを開ける前に開けて堂々と靴を脱ぐと、ベッドに寝っ転がっている俺のところに来た。俺も気にしていないので、ベッドから起き上がることもせず本願くんを見上げた。
「じゃあ飯行こうよ飯。この間本願くん誕生日だったでしょ?お祝いしよう」
「えっいいんですか! いや、待ってください。その前になんで僕の誕生日なんか知ってるんですか」
「生徒手帳に書いてあった」
「竹原さんめっちゃ記憶力良いですね、すごい」
本願くんはおそらく初対面の時に見せられた生徒手帳の内容を俺が覚えている、と思っている。俺は『看病の時に勝手に見た』とは正直に言わずに黙っていた。
「ゲテモノ料理を扱ってる店があってさ。ワニ、ヤモリ、スズメバチ、カラス、イノシシの金玉……とかあるらしい」
「え~! そんなに色々あるんですか!? 全部食べたいです!」
俺がスマホのメニューを見ながら若干食欲を失う一方、本願くんはハイテンションで拍手をしている。喜んでくれて何よりではある。
「じゃ18時から予約しちゃうわ。場所は渋谷だから、17時に出れば余裕──」
「えっ。渋谷にあるんですか……? どの辺……?」
「ハチ公口から歩いて10分くらいだけど、どしたの?」
先ほどのハイテンションがウソかのように、本願くんは俺のスマホに出た地図を神妙に見つめている。
「……渋谷、苦手なんですよね。あの人混みのすごさが……。あと全員にダサいと思われてそうで怖いというか……僕制服以外まともな服ないので……」
渋谷には行きたくない、というのが全身から伝わってくる。そして、やはり本願くんは制服以外に服を持っていないらしい。
「でもワニとかカラスとか食べられるよ。しかもプロが調理したやつ。俺のおごりだし」
「う~~ん……! そうですよね……いや、でも……」
「人混みは遠回りでも避けて行けばいいし、服は俺のあげるからそれ着たら? 俺のセンスがダサくてもそれは本願くんがダサいせいじゃないから、それを心の言い訳にしてさ」
「確かに……う~ん、確かに……」
本願くんは俺の案に傾き始めて、このあと10分くらい悩んでいたが結局俺の服を着ていくということで納得した。
俺は一応洗濯してあったトレーナーとスウェットを貸す。本願くんには少々大きいようだったが、ダボついた着こなしが新鮮なのか本願くんは気に入ったようだった。あとで誕プレということであげちゃおうと思う。
「それでは渋谷へGO!」
制服ではない本願くんと一緒に駅へ歩いて渋谷へ向かう。
1回乗り換えをして、電車に揺られるうちに渋谷駅に到着する。どのゲテモノ料理を食べるかメニューを見て大盛り上がりだった本願くんは、渋谷に着いた途端スンと静かになっていて、本当に渋谷が嫌なんだなとちょっと笑ってしまった。
本願くんの要望通り人通りの少なめな道を選び、ゲテモノ料理屋にたどり着く。店内はいかにもといった感じで、本物かわからない動物や虫の剥製のようなものが飾られていて、本願くんは料理が来る前から楽しそうに店内の写真を撮りまくっていた。
(ここはなかなかアングラだなぁ。食欲失せる人の方が多そう)
「お待たせいたしました~。カラスの塩焼き、ヤモリの丸焼き、イノシシの金玉唐揚げです」
「わ~! すごいですね! ヤモリとかまんまですよ!」
「うん、ビジュアルがすごいな……」
ヤモリの丸焼きがまさにそのまんま過ぎて、俺は食べるのを遠慮したかったが本願くんは綺麗にすべての料理を二等分してくれた。
「まずはカラスからいただきます」
「うん……」
腕、というか羽だった場所っぽい部分を切り取って食べてみる。
思い切り力を入れてやっと嚙みちぎれるくらい硬かった。しかし、いざ口に入ればそんなに硬さを感じなくなる。
「あ~……なんだろ。硬くて食べたことない味だけど、普通に食える」
「ちょっとクジラっぽくないですか? おいしいですね!」
俺はクジラに馴染みがないのでよくわからなかったが、本願くんが言うならそうなんだろう。カラスは鳥だし、鶏の親戚みたいなもんだと思えば心的ハードルは低くなり、いつの間にかパクパク食べていた。
「じゃ次はヤモリの丸焼き! これすごいですね、ほんとに丸焼きですよ」
「こんなの千と千尋でしか見たことないよ」
「セントチヒロってなんですか」
「千と千尋知らないの!?」
とかいう会話をしながら、俺は二等分されたヤモリの下半身を取った。上半身は頭があるので、普通にヒヨったのである。
凝視するとヤモリのデティールが残りすぎていて無理になるので、薄目で見ながら胴体をかじってみた。
(……! これは……脂が乗っている……?)
「なんか白身魚っぽくない? うまいわ、カラスより好きかも」
「確かに! 白身魚っぽいですね。スーパーで売ってもいいのに」
「いや、それはテロだよ」
ビジュアルのグロさはあるものの、味は馴染みのあるものだった。もう一度ヤモリを食べたいかと言われたら微妙だが、ヤモリしかないと言われたら食べられるくらいには普通に耐えられる。なるべく目の前の本願くんを見るようにしてヤモリを食べ終わると、本願くんは3皿目を掲げるように持ち上げた。
「そして、数量限定のイノシシの金玉! 食べたことないので楽しみです!」
「俺は怖いけどね……金玉食うの……」
ニコニコの本願くんを見て、自分のモノがちょっと縮むのを感じる。
イノシシの金玉はカラリと揚げられていて、見た目は丸っこい唐揚げだった。インパクトは今までのと比べれば全然なく食べやすそうだったが、やはり金玉というのが引っかかる。
「いただきます! ……んっ、これは……」
金玉を一口で食べた本願くんは、動きを止めた。
不味いのかと思って様子を窺うと、グッと力強く親指を見せつけられる。
「おいしい! レバーですよ、レバー。しかも生臭くない」
「ほんとに~?」
「ホントホント。僕の舌を信じてください」
本願くんが俺の取り皿に金玉唐揚げを乗せてきて、俺は匂いを嗅いでからちょっと口に入れる。カラスのような硬さはなく、すんなり噛めた。
「……あ~、確かにレバーだ。食べやすいレバー」
「ですよね! これはさすがにスーパーに置いてほしい──」
ジビエは高級品だから高いよと言おうとしたら、本願くんは店の入り口の方を見て固まっていた。なんだろう、と俺も入り口に目を向けると高校生くらいの男子たちが入ってくる。
「うわ~すげえ。あれ剥製? 本物かな」
「俺ホントに虫食うの嫌なんだけど」
ワイワイと店内を見ながらこちらに歩いてくる。怖いもの見たさで来店したのだろう。男子高校生が興味本位で来るには、最適な店な気がした。
本願くんの方に顔を戻すと彼は高校生たちを見るのをやめて、静かにコーラを飲んでいる。どことなく緊張した感じが伝わってきて、俺はなるほどと合点がいき本願くんに顔を近づけた。
「渋谷が縄張りの高校生って怖いよな、わかるわかる」
「えっ? あ、はい、そうなんです、渋谷は苦手な人種が多くて……」
ハハ、と笑った本願くんは、気を取り直したように「次はタランチュラ食べませんか」と言っていた。
でも、彼は退店までずっと高校生たちを気にしているようだった。
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