サワガニ
「は~い、ありがとうございました。失礼します~」
アパートからちょっと離れたマンションにマックのデリバリーを届けて、俺はバイクに乗った。バイクとはいえ原付なので、速度は自転車よりマシってくらいだ。
俺は大学を卒業して新卒の半年間だけ会社員をしていたが、人間関係に耐えられずあっさりと辞めてしまった。それ以降ずっとフリーターをやっていて、デリバリーを個人で請け負えるサービスが続々と出てからはほとんどそればかりしていた。自分で働きたい時に働けるし、人間関係もないし難しいことを覚える必要もないので楽だった。
「楽ばっかり求めて~ほんとダメな息子ね~♪」
適当な即興自虐ソングを口ずさみながら土手を走る。この土手はアパートまでの近道で、人通りも少ないのでいい抜け道だった。
空から太陽がいなくなろうとする時間帯でもまだまだ暑いなと思っていると、河原に人がいるのが見えた。ただ視界に入っただけだったが、そのシルエットに見覚えがあって俺はバイクを止めた。
「あれ、本願くん? おーい!」
呼びかけると、人影が振り返る。それはやはり本願くんで、俺は適当にバイクを置いて河原に降りていった。
「竹原さん! どうしたんですか、こんなところにいるなんて」
「それ俺のセリフよ。俺はデリバリーの仕事してた帰りだけど、本願くんは?」
「僕は晩御飯を捕ってました。今日はカニの予定なんですけど、一緒にどうですか」
「えっカニ? あのカニ?」
「サワガニです。味はカニですよ」
本願くんが持っていたバケツを見ると、子どもの手のひらくらいの小さいカニが複数わちゃわちゃとうごめいている。
この間のうな丼に続いて、パチモンというかジェネリックというか、とにかく本物ではない献立に騙されかけたが、それでもカニかぁと俺の心は傾いた。
「どうやって食べるの?」
「油で揚げます。道具は持ってきてあるので、レッツゴー!」
俺はまだ一緒に食べるとは言ってなかったが、本願くんはノリノリでボンベのついた簡易なガスコンロと、小鍋、そして油を河原の砂利に並べ始める。普段からサバイバル生活をしているような準備の良さだ。
ぼーっと見ているのも悪いので、なんとなく座りやすそうな大きい石をふたつ見つけて並べてみる。本願くんはコンロに火をつけて油を入れた鍋を乗せると、「ちなみに」と枕詞を述べた。
「サワガニに限りませんが、こういうキレイでもない河原にいる生き物は寄生虫がものすごいので絶対に火を通して食べてください。生で食べたら終わります」
「なんでそんなデンジャラスなものを食べようとするんだ……」
「火をしっかり通せば食べられるからです。あと0円でおいしい」
言いながら鍋に手をかざして温度を確かめ、本願くんはサワガニを油鍋にドサドサ入れた。
──バチッバチバチッ!
「うわぁ! 熱!」
「油跳ねるので気をつけてください」
「言うの遅いよ!」
サワガニを入れてすぐ鍋から距離を取った本願くんは、油を浴びた俺にタオルを差し出した。
「これであと10分くらい揚げていきます。飲み物は川の水を煮沸してその辺の草入れてお茶にしようと思うんですけど」
「え、いや待って。川の水とその辺の草茶を飲むなら、俺に自販で買わせて」
「え、いいんですか!」
「うん。お茶でいいの?」
「実はコーラが飲みたいです」
悪びれずに言う本願くんに笑ってから、俺はちょっと土手を進んだところにある自販機に走った。
コーラとお茶、それから本願くんにあげる用で2本ほどジュースを買って河原に戻ると、本願くんはサワガニを紙皿に乗せているところだった。
「お、完成?」
「ここに塩をかけて完成です。あ、コーラありがとうございます──って、自販機で豪遊してるじゃないですかっ」
「豪遊て。はい、3本あげるよ。適当に飲んで」
わ~っと嬉しそうにジュースたちを受け取った本願くんは、コーラを開けてひとくち飲むと「おいしいです!」とVサインを作ってから、サワガニの乗った皿を逆さにしたバケツの上に置いて俺が見つけておいた石に座った。俺も倣って座ると、割り箸を手渡される。
「じゃ、いただきましょう」
「はい、いただきま~す」
揚げられて生前よりやや小さくなったサワガニをひとつ取って口に入れる。殻ごと噛むと、案外簡単に口の中で割れてカニの風味が鼻に抜けた。
「おおっ、結構カニだ。でもちょっと殻が突き刺さってきて口痛い」
「身が少ないですからね~。殻をエビフライのしっぽだと思えば格が上がります」
「あとちょっと川の香りみたいなのがする」
「確かに泥臭さありますね。前食べた時は気にならなかったんですけど。うーん、次はニンニクとかで臭みをちゃんと消そうかな」
本願くんはスマホを手に取って、改善点をメモっている。ゲテモノを食べることへの向上心がすごい。
しかしなんだかんだ言っても、ワイルドなおつまみと思えば普通においしかった。
「ビール飲みたいな~絶対合うよコレ」
「お酒好きなんですか?」
「高校とか大学の時は良さがわからなかったけど、今はビールめっちゃ好き。ウマい」
「えっ高校!? 未成年飲酒じゃないですか!」
本願くんは本当に驚いたようで、信じられないという顔で俺を見てくる。俺は俺で、みんなやってることだと思っていたので、目を丸くして本願くんを見返した。
「えっ本願くんは友達と飲んだりしたことないの? 1回も?」
「な、ないですよ! 酒もたばこも20歳からって法律で決まってるんですから!」
「ご、ごめん、それは本願くんの言う通りだから何も言い返せないわ。いやあの、ほんと真面目で偉いね。日本男児の鑑だよ」
本願くんみたいに親が蒸発してたら、俺はもっとわかりやすくグレてるよ。
と、続けそうになって、軽率かと思ってやめた。
「竹原さんが不良なだけですよ。昔ヤンキーだったの、意外です。でもちょっとわかる気もする」
本願くんは俺を元ヤンと決めつけて納得している。
俺はヤンキーとは程遠い、学校をサボることも学校で騒ぐこともなくスポーツも勉強も中の下レベルのごく一般的な学生だったが、本願くんが信じたいものを信じてもらってればいいかと思って、訂正せずにサワガニをつまんだ。
「竹原さんは、どんな高校生だったんですか」
「どんなって……適当に授業受けて、放課後カラオケ行ったりバイトしたり」
「カラオケにバイト! ヤンキーだ、すごい」
「ヤンキーの基準が低すぎない? ヤンキーってあんまバイトとかしないよたぶん」
「あっ。もうサワガニ最後の1つですよ」
俺の返答を聞いていない様子で本願くんは、サワガニを指差した。しゃべりながらつまんでいたら、何匹もいたサワガニたちはあっという間になくなっていた。
「最後のどうぞ」
「え、本願くんが食べなよ」
「僕はジュースをいただいたので」
本願くんが嬉しそうにファンタとコーラを持ち上げる。
そんなに嬉しいのかと笑って、「じゃもらうね」と最後のサワガニを食べた。俺の横でコーラを大切に飲む本願くんを見ながら、俺はいい大人だし本願くんにもう少し差し入れしてあげようと思った。
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