お隣さんはゲテモノ食いの高校生
タタミ
カップ麺
「救済が必要だとお考えではないですか?」
インターホンが鳴って、出たら身綺麗な男女2人組が立っていた。
手には抽象的な絵が描かれた冊子を持っていて、顔には張り付いた笑顔を浮かべている。
世間知らず以外はこれが何か、誰にでもわかる。
「……あの~ホント、宗教はお断りなんすけど」
「そうですよね。近年おかしな宗教も多く、警戒されるのはわかります。ですが我々はそのような劣悪な宗教とは違います。この世のすべて、万物の救済を掲げておりまして」
「それなら俺の口座に1億円振り込んで救済してください。それ以外の救済はないです。以上です」
「あ、お待ちください、竹原様──」
「ちょっと、なんで俺の名前知ってんですか! 怖!」
「これも救済を信じた力──と言いたいところですが、廊下に郵便物が落ちておりました。どうぞ」
信者がニコニコしたまま封筒を差し出してくる。納税しろという国からのお手紙だ。
冗談を交えて会話してくるあたり、警戒心のある一般人を手なずける手練れの香りがして、ここ最近来た勧誘の中では一番手ごわそうだと俺はうんざりした。
「帰らないなら警察呼びますよ」
「お時間取らせてしまい、申し訳ありません。こちらを受け取っていただいたら、もう帰りますので」
帰ってくれるという言葉を信じて胡散臭い絵の描かれた冊子を受け取ると、信者2人組はニッコリと笑みを深めた。
「少しでも気になられたら、ご連絡ください。それでは失礼いたします」
この冊子を配るのが信者のノルマなのか、本当にあっさりとドアが閉められた。俺はポイっと冊子を靴箱の方に投げて、部屋に戻る。
時刻は15時42分。今から飯を食べようとしていたのだった。何ご飯だよ、という時間だがいつ働こうが勝手なフリーターという肩書を持つ俺は、目が覚めたら飯を食うという自堕落な生活を送っていた。要するにさっきまで寝ていた。
「あ~! カップ麺伸びちゃった……!」
信者の相手をしているうちに、用意していたカップ麺はすっかり伸びていた。イラつきと悲しみを抱きながら麺をシンクに捨てる。
「食えるもの、もうないよな~。買いに行くのダル……」
季節は7月初旬で、外に出るのが億劫になるには十分な暑さがあった。また寝るかとベッドに転がって天井を見ると、いつも顔のように見えるシミが見つめ返してくる。
俺が住むここ『ハッピーコーポ』は、救いを求めていそうな薄暗い人間が住んでいると思われているのか、宗教勧誘がよく来る。Amazonかと思ったら宗教、というパターンに何度もため息を吐いてきた。
(確かに外観も内装もボロい安アパートだけど)
一応都内の肩書を持つ住所なのに、一番近いコンビニが徒歩20分という恵まれない立地で、駅も近くないしとにかく利便性がない。
安くて妥当なアパートだ。
「ふぁ……」
あくびが出て、本格的に二度寝しようと布団をかぶった時。
──ビンボン!
音割れしているチャイムが大きく鳴った。
今俺はネットで何も注文していないし、こんなアパートまでアポ無しで訪ねてくる知人などいない。
つまり、可能性はひとつ。
(ま~た宗教だよ!)
唸りながらベッドから起き上がり、大股で玄関に行き、俺は相手を追い返す勢いでドアを開けた。
「あ~もう! だから、宗教はうんざりなん──」
「えっ、あ、えっと」
「……ですけど?」
そこには制服姿の男子高校生がいた。グレーのスラックスに赤いネクタイをして、前髪はやや長めだった。
彼は俺の勢いに目を泳がせたが、すぐに気を取り直して手帳──学生手帳を俺に見せてきた。
「突然すみません。隣の102号室に住んでる、
「え、ごめん! てっきり勧誘かと思っちゃって」
手帳には『
(『本願』ってカッコいい苗字だな。祈って名前もなんかすごいし)
若者の名前に感想を抱きつつ、お隣に高校生が住んでいるなんて知らなかったなと思った。ここは家族で住むようなアパートではないから、未成年などほとんど見かけない。
「あ、俺は竹原です。どうかしました?」
「竹原さん、初めまして。今料理してたんですけど、醤油切らしちゃいまして……。もし持ってたら貸してもらえないでしょうか」
「あ~、醤油! どうぞどうぞ。はい、これ」
狭い1Kなのでキッチンはすぐそこにあり、手を少し伸ばせば醤油に到達できた。隣人が醤油を借りに来るなんて本当にあるんだなと思いながら手渡すと、少し緊張して見えた本願くんは顔を綻ばせた。
「ありがとうございます! 助かります!」
「いえいえ。あ、いい匂いだね」
カップ麺を食いそびれた食欲が、何かを煮ているような香りをキャッチする。
「こんな時間に何ご飯だよって感じですよね」
「いや、わかるよ。俺も今飯にしようとしてて、トラブルで食べ損ねたところだから」
俺の言葉を聞いて、本願くんは閃いたという表情になった。
「そしたら一緒に食べませんか? 今日はいい食材が手に入ったのでたくさん作っちゃってて」
「え、いいの?そんなこと言われたら俺図太いから本当に行っちゃうけど」
俺は身の危険を感じにくい大柄な32歳の男性で、知らない人とでもすぐに飲み食いするタイプだった。ホームレスのおじいさんと一緒に飯を食べたこともあるくらいなので、身綺麗にしている男子高校生とのご飯など余裕だ。
一方本願くんは俺に恐怖を感じるのではと思ったが、女の子じゃないし部屋に親御さんもいるだろうと勝手に心の中で解決する。
「はい、ぜひ! 醤油のお礼もかねて来てください」
「腹減ってたしありがたい。お邪魔しちゃいますよ」
にこやかな本願くんの笑顔につられて、俺はサンダルに足をつっかけて廊下に出た。
外に出るとよりいい香りがしてくる。
「おいしそうな匂いだな~。なに作ってるの?」
「カエルのスープです」
(え?)
本願くんは俺の部屋から3歩も歩けばついてしまう102号室のドアを開けた。
俺は聞き間違いをしたのかな、と玄関に招き入れられつつもう一度聞いてみた。
「ごめん、何のスープ?」
「カエルです」
答えを聞いてサンダルを脱ぎ掛けた俺が止まると、本願くんは逃げ道を閉ざすようにドアを閉めた。
「おいしいので安心してください」
本願くんは爛々とした目をして、俺に笑いかけた。
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