星を継ぐ家

パンチでランチ

第1話

古びた時計台の鐘が、今日の終わりを告げるように響いた。夕闇が迫る街の片隅に、その家はひっそりと佇んでいた。蔦に覆われたレンガの壁、歪んだ窓枠、そして、屋根裏部屋の小さな窓だけが、まるで誰かを待つように煌めいている。

その家に住むのは、アリエルという名の老人だった。彼女は昔、この街で一番の星紡ぎ師として知られていた。人々は、彼女が織る布に星の光を閉じ込め、身につけると幸運が訪れると信じていた。しかし、ある嵐の夜、アリエルが織り上げた一番美しい星布が、空へと舞い上がり、二度と戻ってこなかった。それ以来、彼女は誰とも口をきかず、ただ静かに機を織り続けていた。しかし、その機から生み出されるのは、もう星の光を宿すことのない、ただの地味な布ばかりだった。

ある冬の夜、冷たい雨が降りしきる中、アリエルの家の扉を叩く者がいた。そこに立っていたのは、一人の少女。ずぶ濡れになった少女の瞳は、まるで曇り空のようにどんよりと淀んでいた。「あの…星布を…織ってほしいんです」と、か細い声で少女は言った。

アリエルは無言で少女を家の中へと招き入れた。少女は身の上を語った。彼女の名前はリリィ。故郷を離れ、この街にやってきたが、何をやってもうまくいかず、希望を見失っていた。「もう、私には何もないんです。だから、せめて星の光をまとって、もう一度、前を向きたいんです」

アリエルは、リリィの淀んだ瞳を見て、昔の自分を重ね合わせた。希望を失い、星の光を紡げなくなった、あの日の自分を。アリエルは、再び機に向かうことを決意した。しかし、指は冷え、心は重く、星の光は全く見えてこない。何度も糸を絡ませ、失敗を繰り返した。

その夜、アリエルはリリィに尋ねた。「どうして、そこまで星の光にこだわるんだい?」リリィは静かに答えた。「だって、希望だからです。どんなに暗い夜でも、空に星があれば、道に迷わないでしょう?」

その言葉が、アリエルの心を深く揺さぶった。彼女は、再び機を織り始めた。今度は、星の光を探すのではなく、リリィの言葉を、彼女の希望の輝きを、一本の糸として織り込んでいった。

夜が明け、機から一反の布が織り上がった。それは、かつてアリエルが織っていたような、キラキラと輝く星布ではなかった。しかし、その布には、無数の小さな光が宿っていた。まるで、夜空に瞬く星々のように。

「これは…」リリィは、布に触れ、その温かさに目を丸くした。「私の光…?」

アリエルは微笑んだ。「ああ。これは、お前の希望の光だ。星の光は、空にあるものじゃない。誰かの心の中にある、ささやかな希望の光なんだよ」

リリィは、その布を優しく抱きしめた。彼女の瞳は、もう曇っていなかった。そこには、夜明けの空のように、澄んだ光が宿っていた。

アリエルは、再び星紡ぎ師として、この街で生きていくことを決めた。彼女が織る布は、もう空の星を映すものではない。人々の心に灯る、小さくても確かな希望の光を紡ぐものとして、静かに輝き始めた。そして、蔦に覆われた古い家は、いつしか「星を紡ぐ家」と呼ばれるようになり、希望を求める人々の道しるべとなった。

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