肝試し
旅館で提供された夕飯は、琵琶湖で獲れた魚から近江牛まで出る和食のコースで、普通のペースで食べても全てを味わうのに1時間以上かかる大作だった。
味は言うまでもなくとてつもなく上等で、俺はどの料理を食べても「うますぎる……」と呟く壊れたロボットのようになっていた。添え物の漬物でさえ今まで食べたことのない感動があった。
そんな夢のような宴を過ごしてお腹がいっぱいになった俺は、完全に部屋でダラダラしたくなっていた。意気揚々と出かける準備をする先輩に「もうお風呂入ってテレビでも見ませんか」と提案したものの当然却下され、今タクシーで20分ほど山の中を進んだ雑木林に立たされている。
「今回の合宿、最大のイベント! 肝試しの時間だ~!」
「どこですかここ……。ガチで明かり全然ないじゃないですか……」
「この先に廃墟になった小さい遊園地があるんだ。ここから懐中電灯だけでゴールの遊園地まで行こう。あ、霊がいるかわかってもネタバレは禁止だよ」
先輩は小ぶりな懐中電灯を俺と菩提寺に配り、自分には顎の下から明かりを当てて無邪気に楽しんでいる。本当に肝試しが好きなのだろう。
一方俺は幽霊が視えるためにエンタメのホラーは大して怖くないが、暗闇耐性はない。人間の本能として闇に恐怖を感じるので懐中電灯の光だけでは心もとなかった。
「ってことで、班決めジャンケン。勝った人が班を決められます」
「3人で行けばいいだろ」
「2人と1人の方が面白いじゃん。はい、ジャンケンポン!」
先輩の勢いに釣られて、俺と菩提寺も手を出した。2人ともグーを出し、先輩だけがパーだ。
「やったー、僕の勝ち。もちろんマコトくんを選ぶよ」
「無駄に強運なのシンプルにムカつく……」
「じゃ僕とマコトくんが先に出発するから、類は10分後に出発ね。怖くて動けなくなったら迎えに行ってあげるから電話しな」
「急に兄貴面するな。さっさと行け」
ぼやきつつ菩提寺は木の幹に腰掛け、スマホの時計を見る。なんだかんだ遊びに付き合う姿は兄弟らしくていいなと思いながら、俺は「じゃまたあとで」と菩提寺に手を上げて静先輩に先導される形で歩き出した。
遊園地への道のりは元々整備されていたのだろうが、今は草木が生え放題で歩きにくく、懐中電灯は数メートル先までしか照らしてくれない。俺たちの地面を踏みしめる音と虫の鳴き声だけが響き、先輩は肝試しを満喫するためかいつもより格段に無口で簡単に恐怖心が煽られた。
「……結構、怖いですね」
「手、繋ぐ?」
「いや、大丈夫ですけど……」
もう少し手繋ぎを押し売りされるかと思ったが、先輩はすぐ口を噤み進んでいく。あてが外れたと思うと同時に手を繋ぎたくなっていた自分に気づき、今さら本心を言うこともできずに懐中電灯を両手で握りしめてついて行った。
茂みがガサガサと音を立てたり、鳥が急に飛び立ったり、途中途中で俺たち以外の気配がしたりと俺は何回か小さい悲鳴を上げたが危害を加えられることはなく、しばらく歩くと『入場ゲートはこちら』と書かれた看板を持つウサギのオブジェがあった。ウサギは雨ざらしでペンキが剥げて錆びており、今すぐホラー映画で使えそうだ。
懐中電灯が遊園地の門を照らしたら、口数の少なかった先輩が笑顔で俺を振り返った。
「ゴールだ。は~怖かった! でも意外とすぐ着いたね」
「怖いなら色々リアクションしてくださいよ……黙ってる先輩が1番怖かった……」
いつものテンションに戻った先輩を見たら、体の緊張が取れて脱力する。
しかし目線を門に戻した瞬間、俺は動けなくなった。懐中電灯が照らした先、すぐ目の前に大きな目玉が浮かび、俺の顔を覗き込んでいる。
「っ!」
思わず静先輩の手を掴んでしまっていた。先輩は固まった俺を見ると、すぐに手を握り返して囁く。
「大丈夫、落ち着いて。悪霊?」
「ここ、すぐそこに」
先輩がいるからか暗闇のせいか、ここまで接近して初めて存在に気付いた。驚きと恐怖で心臓がバクバクと脈打っている。
俺が指さしたところに先輩が手を伸ばすと、ひとつ目にぽっかりと穴が開いた。先輩の干渉を避けたのだ。しかも避けた上で逃げることはせず、再び目玉を形作ると、こちらを凝視して隙を伺っている。
「消えた?」
「まだいます。先輩を避けて、少し上に浮かんでます。なんというか、知能があるみたいな動きで……」
「地縛霊かな。強いんだよね、縄張りだと。マコトくん、ちょっと僕の腕掴んでて」
言われた通りに腕に触れながら懐中電灯で靄の方を照らすと、先輩はポケットからタバコを出してライターで火をつけた。煙が吐き出されると悪霊は素早く避け、それに合わせて周囲の木々がさざめく。
木の揺れを目で追っていた静先輩は、耳からピアスを1つ取ると靄の逃げる先に投げつけた。
「ごめんね、さよなら」
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